017
「忍!」
僕は名前を呼ぶ。固い絆で結ばれている吸血鬼の名前を。
あの後、焦っている僕を「疲れているんだな、今日は大丈夫だ。阿良々木先輩は休んだ方が良い。また違う日に手伝って欲しい。」と気を遣ってくれたようで、僕は後輩に不思議な目で見られながらも神原の家を後にした。
そして今、公園に来ている。浪白公園だ。
「忍ちゃん!起きろ!もう夕方だぞ!」
返事はない。
「忍!ミスタードーナツだぞ!!」
公園には誰もいなかった。誰の返事もなく、僕の声だけが残った。そしてそこにあるのは、僕と、夕焼けに照らされてできた僕の物言わぬ影だけだった。
018
その後、僕は北白蛇神社に行った。そこにはこの街の神様となった八九寺真宵がいるはずだった。
だがやはりというか、何というか神社には誰もいなかった。
八九寺という怪異はいなかった。
どうなってる?ひたぎは、重し蟹の事を設定だと言った。中二病の設定だと。神原は、猿の手を知らなかった。羽川は・・・?いや羽川は海外だ・・・。千石とは・・・会えない。
どうなってる?忍もいない。忍の気配が僕の影にない。
僕は頭をフル回転させる。これは何らかの怪異現象じゃないのか?と。
人の頭から大事な思い出を忘れさせるとか、そんな類の・・・!
だとしたらどうする・・・!?忍もいない。どうなってる?
頭の中はごちゃごちゃだった。どうしたら良い?まずは何を?どうしたら良い。
分からなかった。
そのまま夜になってしまった。
019
夜道を歩く僕は、ふとある場所で立ち止まった。そこには塾があった。叡考塾。
そう僕と忍が恐怖の春休みを過ごしたあの塾。
確か羽川の作り出した虎の怪異が燃やしたんじゃなかった?
僕だってバカじゃない。そこから導き出される答えは・・・この学習塾跡地をただの空き地にしたのは、羽川が生み出した苛虎だ。あの虎の怪異が燃え盛る嫉妬の炎によってこの学習塾跡地を燃やしたのだ。この塾が燃えていないという事は、羽川の怪異もおそらくなかった事になっているのだ。
「はっ・・・馬鹿げてる」
僕はそう吐き捨てた。そうでも言わないと自分を保っていられない自信があった。そして僕は廃墟になった塾の中へと足を踏み入れる。
そこは僕の知ってる学習塾跡地と何ら変わりがなかった。忍に血をあげる為、足蹴なく通った頃の記憶を思い出して少し懐かしい気持ちになる。
今はもう使われていない教室に入って、机を並べ、僕はその上に寝転がった。
「はぁ・・・」
タメ息をつく。室内であろうと、この場所は寒かった。白い息が目に見える。僕は気持ちを落ち着かせようとして目を閉じた。記憶を整理する。
020
吸血鬼。
僕が最初に出会った怪異。怪異の王・キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。鉄血にして、熱血にして、冷血の吸血鬼。僕が一生を一緒に生きていくと誓った女性。
この世界にそいつはいない。刃の下に心あり。忍野忍は僕の影からいなくなっていた。
障り猫。
鬼の次に出会った怪異。完璧な委員長・羽川翼の精神に取り憑いた怪異だ。羽川のストレスを源に生まれた怪異。
羽川は現在、海外だ。確認はできないが、おそらくそんな猫はいない事になっているのであろう。
迷い牛。
人を迷わせる蝸牛の怪異。母の日、家に帰りたくない僕が出会った八九寺真宵。僕を迷わせた怪異。彼女とは色々あり・・・本当に色々あり、最終的にはこの街の神様なんてすさまじい地位に八九寺真宵は上り詰めた。しかし彼女が祀られている北白蛇神社に彼女は当然のようにいなかった。
レイニーデヴィル。
猿の手の悪魔。取り憑いた物の願いを無理やり叶える。魂と引き換えに。神原駿河はそれで僕を殺そうとしていた。一連の事件が解決した後も神原の右手は元には戻らなかった。大人になればその内、元に戻るとの事である。だが、神原の手はすでに戻っていて、包帯を巻いていた理由は大怪我をしていたから、との事だった。
蛇切縄。
人を呪う為に使役される蛇の怪異。千石撫子はそれに巻き憑かれ、苦しんでいた。その後、事件は解決したが、千石を傷つけてしまった僕のミスで、千石は蛇神に・・・怪異そのものになってしまった。非常に不本意だが、憎き詐欺師・貝木泥舟に助けられる事になる。千石とは色々会って未だに会えずにいる。
021
そして僕の妹たちも怪異関連の事件に巻き込まれ・・・
と僕は愛する自慢の妹たちの怪異にまつわる事件の記憶を整理しようとした瞬間、声が聞こえた。
「あれ」
目を閉じていた僕はその声に驚いて目を開けて、身体を起こした。
「いやぁ、阿良々木くん。どうしたんだい?こんなところで寝転んじゃって。風邪ひくよ?」
身体を起こした僕の視界に入ったのは、そう・・・例えるなら風来坊。例えるなら神出鬼没。例えるなら妖怪変化のオーソリティ。例えるなら怪異の専門家。例えるなら・・・アロハのおっさん。
「・・・忍野・・・!」
忍野メメだった。
「どうしたんだい。幽霊でも見るような顔して。」
「忍野・・・!!お前・・・!」
僕は慌てて忍野に駆け寄る。そこで僕は転がる机に脚をひっかけてしまう。
「おわっ・・!?」
忍野は前に倒れる僕を華麗に躱した。だから僕はそのまま地面に顔面をぶつけるという痛い結果を迎えた。
「いって!!おい、忍野!なんで避けたんだ!?今のは受け止められただろ!」
「はっはー。嫌だなぁ。阿良々木くん。僕はBLの素養はないんだよ」
「いやそんな話してねぇよ!それだけでBLになるか!」
「はっはー。相変わらずの突っ込みだね。最近はめっきり顔を出さなくなったから悩み事もなくなって立派な社会生活を送ってると思ったんだけどね。」
「・・・」
「で、今日は何の相談だい?話くらいは聞くよ?」
忍野は机に腰かけて、そう言った。僕は忍野に聞くのが怖かった。でもこの質問をしないと次に進めないので、唾を飲み込む思いで、恐る恐る質問した。
「・・・忍野・・・怪異って知ってるか・・・?」
「かいい・・?何だい、それ?」
絶望的な返事だった。忍野すらも怪異を知らない。これは本格的に終わったな、と思ったが、僕は震える身体を何とか抑えて、忍野に一連の出来事を全て話した。怪異が存在した頃の話、そして昨日僕が目覚めてからの出来事。
022
僕の話を全て聞き終えて、忍野は、一言、
「なるほど。」
と呟いた。何か理解したのだろうか。怪異を知らない人間にしてみれば僕の話はとんだ中二病の話だ。恥ずかしくて仕方がない。だが僕にしてみれば大真面目だ。
「阿良々木くん。まず・・・僕は怪異にまつわる君の事件・・・その解決の手助けなんてした事がないよ。僕がしたのは、君の悩み相談と・・・君が連れてきた女の子たちの悩み相談だけだ。」
「意味が分からねぇよ。」
まさにそうだった。言葉の意味は分かるが、記憶と違い過ぎて頭が追いついていないという感じだ。
「君の本来の記憶と合わせて、一つずつ整理していこうか・・・」
023
回想-忍野メメ
まずはだけどね、阿良々木くん。
春休みに君は吸血鬼に襲われたんだよね。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードだっけ?そんな事実はない。
君の悩み事はこうだった。
街中で血まみれになっている女性を見つけた。何やら事件に巻き込まれたようだ。君は、その人を病院に連れて行ったが死んでしまった。自分がもっと早く見つけていれば、と自分を責めた阿良々木くんは軽くノイローゼになっていた。だから僕が相談に乗ってあげた。
次に重し蟹という怪異だね。僕のカウンセリングで元気になった阿良々木くんは・・・僕の元に一人の女の子を連れてきた。
戦場ヶ原ひたぎ。彼女は、病弱だった。お母さんが宗教にハマってっていう一連の事件から来るうつ病みたいなものだね。だから作りだしたんだ。重し蟹を。体重がない、なんて設定をしちゃってさ。君が学校で落ちてくる彼女を受け止めた時、重さがない・・・なんて感じたみたいだけどそんなのは、勘違いだろう。一瞬の事で、しかも彼女を受け止めるのに必死だった。重みなんて感じるヒマなんてない。
戦場ヶ原ひたぎは・・・体重を失くしたという設定を守っているただの悩める少女だった。
そういえば八九寺真宵っていう女の子と出会っていたね。公園で出会ったとか。お母さんの家が分からないから送り届けてあげたんだよね。ツンデレちゃんは、子供が嫌いだから、八九寺ちゃんをいないものとして扱っていたね。ツンデレちゃんと阿良々木くんが恋人同士になったのもこの日だったね。
レイニーデヴィルか・・・。あれは確かツンデレちゃんの事を好きだった百合っ子ちゃんが阿良々木くんに嫉妬して、阿良々木くんに喧嘩を仕掛けたんだよね。ただそれだけの出来事だったよ。最終的にはツンデレちゃんになだめられて収まっていたようだけど。
照れ屋ちゃんはどうだったかな・・・。確か君の記憶では蛇切縄っていう怪異に巻き付かれたんだよね。確か彼女は喘息を患っていて、常に苦しそうな表情をしていたね。僕が知っている専門のお医者さんを紹介する事で、彼女の苦しみは緩和できたはずだよ。
委員長ちゃんは、もう君への恋心で自作自演の嵐だったね。ウィッグまで被って別人を装ってさ。障り猫もそんな彼女が作り出したキャラクターの一つじゃないかな。君がしっかり彼女の告白に向き合うだけで解決したのに、殺される一歩手前まで行ったよね。委員長ちゃんは頭が良すぎるから色んな事を思いつく。全く、よく思いついたよ。また解決後は、比較的良好な関係を築けていたみたいだね。彼女が大人で良かったね、阿良々木くん。
回想‐終ワリ
024
「・・・嘘だろ・・・そんなの・・・」
僕の身体は震えていた。これが恐怖だと思った。本当に怖かった。
どうなっているんだ?この世界は何だ?僕の記憶は?何が正しい・・・?
「貝木くんについては申し訳なかった。不用意に妹さんを傷つけてしまったみたいだ。」
忍野は言葉を紡ぐ。
「詐欺師・・・貝木泥舟が、街で詐欺を働いていて・・・それを止める為に立ち上がったのが君の妹さんだったね。確か貝木くんがインフルエンザの予防接種に使われる薬を使って君の妹さんをインフルエンザに感染させたんだ。」
聞けば、予防注射とは「弱いウィルスをあえて体内に入れ、それで抗体を作る」という物らしい。その弱いウィルスを強いウィルスにして、貝木は僕の妹・阿良々木火憐に接種したのだ。
「貝木くんは、僕の大学のサークル仲間だ。僕の仲間が申し訳ない事をした。」
忍野は本当に申し訳なさそうな顔をして謝った。僕は、もう放心状態だった。絶望に溺れるとはこの事だ。だが忍野は僕を更に絶望のどん底に突き落とすような言葉を続けた。
「絶望している所、非常に申し訳ないんだけどさ。阿良々木くん・・・」
忍野は言い辛そうに言葉を繋ぐ。僕はその言葉の先を予想できてしまった。
「今すぐ家に帰った方が良い。」
忍野はそう言う。僕の身体は震えて悲鳴をあげていた。冷や汗が止まらない。
「な、なんでだよ・・・忍野・・・」
分かっている癖にその理由を聞いた。分かっている。聞きたくないんだ。夢であって欲しいんだ。
「この世界に怪異はいない。それは事実だ。変わりようがない。阿良々木くん。君の下の妹・・・月火ちゃんだっけ?君の話を聞く限りでは・・・月火ちゃんは『怪異そのもの』なんだろう?」
やめてくれ、忍野。僕は心の中で叫ぶ。予想はついている。結論に辿り着きたくない。思考するな。ショックで死んでしまいそうだ。
僕の頭を色々な言葉がかけ巡る。
「怪異が存在しないこの世界で、怪異そのものである君の妹ちゃんは・・・存在しているのかい・・・?」
「・・・・」
「だから今すぐ帰って確認するんだ。君のその大切な妹ちゃんが存在しているのかどうか。」
025
僕は絶望していた。それでも身体はまだ動いていた。僕の心臓は動いていて、全ての機能を正常に動かしていた。だが鼓動は早かった。頭の中は不安だらけだった。それでも走る。僕は自分の家へと走る。
「月火、月火・・・!!月火ちゃん・・・!」
記憶が曖昧になる。さっきまで確かにあった月火との記憶がどんどん消えて行く気がした。それがとてつもなく怖かった。汗が止まらない。
家に帰り、勢いよく玄関を開けた。廊下で火憐が「兄ちゃん、お帰り」と言っていたが耳に入らなかった。それどころではなかった。
僕は階段を掛け上がり、僕と火憐の部屋の間にある部屋の扉を勢いよく開けた。そこに月火がいる事を信じて。
026
部屋を開けた瞬間、ほこりが舞った。月の光に照らされて妙に神秘的だった。
「・・・・・・・」
僕は言葉を失う。
その部屋は物置になっていた。段ボールや、今はあまり使われなくなったものが無造作に置かれているだけだった。
「嘘だろ・・・月火ちゃんは・・・?」
そこで火憐が階段を上がってくる。先ほど、「ただいま」の挨拶もせずに2階に上がった事を不思議がっての事だろう。
「何だよ、兄ちゃん。可愛い妹がせっかくただいまって言ってるんだぜ?お帰りって言って抱き着くのが・・・」
「火憐!!!」
僕は火憐の言葉を遮り、火憐に駆け寄る。両肩を持って火憐を揺さぶる。
「な!!?なんだよ、兄ちゃん・・・!!」
「つ、つ、月火ちゃんは・・・!?月火ちゃんがいないんだ!」
「・・・?・・はぁ・・・?」
僕は月火の部屋だったはずの部屋を指さして叫ぶ。
「こ・・ここは!月火ちゃんの部屋だっただろ・・・!?なんで物置みたいになってんだよ!?」
「に、兄ちゃん・・!」
「月火ちゃんは!?月火ちゃんはどこに行ったんだよ!?」
火憐は僕の両手を振りほどいて、今度は僕の両肩を持ってこう言った。
「何言ってんだよ。兄ちゃん。月火ちゃんはあたし達が作り出した架空の人物じゃねぇか。もう高校卒業する当たりでその設定は卒業しようってなったじゃねぇか。」
何を言ってるんだ。この妹は。何言ってんだよ、じゃねぇよ。お前が何言ってんだよ・・・。
僕の月火との記憶が薄らいでいく。僕は崩れ落ちる。
「兄ちゃん・・・!どうした!?大丈夫か!?兄ちゃん!」
火憐が必死に僕に呼びかけるが、僕は反応する力も余裕もなかった。
027
阿良々木火憐と阿良々木月火は偽物。
否・・・。阿良々木月火は偽物だ。
以下、回想。
まず僕が生まれ、その3年後に火憐が生まれた。
その1年後、母が3人目の子供を身ごもった時、大きな病気にかかり、その子供は母の胎内で死んでしまった。
その話を、僕が中学校に入学する少し前に母から聞いたのだった。
僕と幼い火憐は、子供ながらにそれを何だか悲しく思い、その死んだ3人目の子供にとても会いたくなった。
だから作った。
阿良々木月火を。
暦というのはカレンダーの事だ。1月、2月と・・・つまり月。そして火憐の火。
合わせて月火。
火憐とは真逆の服装が良いな。
浴衣なんか着ていたら良いだろうなぁ。
火憐とは真逆で、ずる賢くて、性格がピーキーで、ヒステリックで。
そうやって僕と火憐は月火という人物像を作っていった。設定イラストも描いたっけな。
そして入念な設定によって「阿良々木月火」というキャラクターは完成した。
両親も子供たちのその妄想に付き合ってくれた。
阿良々木家の中でだけ、阿良々木月火は存在する事になった。
そして火憐が中学生になってから、月火の存在を阿良々木家の外にも知らしめたくて、僕と火憐ちゃんが考えた結果がファイヤーシスターズだった。
実戦担当の火憐、参謀担当の月火。
実戦担当の火憐が外に出て、あたかも参謀という月火がいる、という前提で活動する。火憐の行動力の甲斐もあり、ファイヤーシスターズの活動はすぐに町内に知れ渡り、学校でも有名な存在になった。
それにより月火の存在は阿良々木家以外にも知られることになる。
月火は、決して外には出ない。月火は、誰も会う事はできない。ただ誰もが知っている存在になった。
千石は僕が小学生の時から、遊んでいた子だ。すべての事情を知っていて、千石も「ららちゃん」というキャラクターの作成者の一人だ。
阿良々木月火は死なない。生きていないから。
阿良々木月火は、外で出る事はできない。存在しないから。
怪異は存在しない。しでの鳥なんて存在も嘘っぱちだ。
月火は・・・この世界にいない・・・僕の今までの記憶は・・・全て妄想だったんだ。
回想、終ワリ。
028
その後、僕は自分の部屋に籠る。電気もつけずに真っ暗闇な部屋の中、一人ベッドで毛布にくるまっていた。
僕は、自分の記憶を必死で整理する。どんなに頑張っても月火と過ごした記憶が消えない。記憶は薄らいでいるけど、完全には消えない。
消えない。消えないんだ。月火の笑顔が、月火の声が。
プラチナむかつく
そんな言葉が僕の頭を駆け抜けた。
「私たちは、お兄ちゃんが大好きだからね。幸せになって欲しい」
月火は笑顔で言っていた。あの時の月火は可愛かったな。
月火との記憶が次々に湧き出る。走馬燈を見ているようだった。そして走馬燈が終わる。一昨日、月火とデートした時の最後・・・夕日に照らされて美しいと思った月火の姿が僕の脳内でフラッシュバックされた。
「お兄ちゃん」
混乱する記憶の終着点で、最後に・・・月火の声が僕の頭に響いた。
029
「月火ちゃん・・・!!」
僕は、身体を起こす。月火は確かにいた。僕は知っている。僕は覚えている。
このベッドで一緒に寝た。この温もりはまだ僕の中に残ってる。
「探すんだ。月火ちゃんを」
僕はベッドから降りて、自分のパソコンを立ち上げる。
インターネットを検索して、月火の情報がないかを調べた。「浴衣の女の子」とか「しでの鳥」とか。何でも良い。
月火に関連するキーワードを全て検索した。
030
キーワード「阿良々木月火」
まさかの一見もヒットしなかった。ついでに阿良々木火憐も検索してみたが、火憐の方は、「全国大会優勝!可愛い空手少女!」というタイトルで地域ニュースに載っていた。月火は外での活動はあまりしていなかったら、情報がないのだろうか。
キーワード「浴衣の女の子」
当然と言えば当然だが・・・浴衣の女の子しか出てこなかった。浴衣を着たモデルとか、女性用浴衣の通販ページだとか。
キーワード「しでの鳥」
こちらは色々とヒットした。「不死鳥」や「ホトトギスの妖怪」など。なるほど。怪異は妖怪の類とされる訳か。そのしでの鳥に関して書いてあったホームページのリンクに「重し蟹」や「蛇切縄」などもあったので、ついでに見てみたが、妖怪としての特徴を書いてあるくらいで、新しい情報は見つからなかった。やはりこの世界に怪異は存在せず、全て架空のものとなっているらしい。
いよいよ絶望だな・・・。
031
同時刻、火憐の方も自分の記憶をこじ開けていた。これは後から聞いた話なので、それを統合しての話になるのだが・・・火憐はこの日の夜・・・僕の挙動を受けて、不思議な感覚に捕らわれていた。
僕が火憐の前で「月火がいない」とパニックになった時、僕をなだめようとしながらも火憐は何かが頭の中に引っかかるような感覚に襲われていたらしい。
「月火ちゃん・・・」
火憐もまた、月火との記憶が蘇る。よく一緒に兄を起こしに行った。プロレス技をかけたよな。たくさんの記憶が織り交ざって、走馬燈にように色んなシーンがフラッシュバックし、火憐は最後に月火の笑顔にたどり着いた。
032
「・・・月火・・・月火・・・何言ってんだ。兄ちゃん・・・あたしと兄ちゃんは二人だけの兄妹のはずだろ・・・」
火憐は頭を抱える。二人だけの兄妹・・・そのはずなのに何故か引っ掛かる。何故か納得いかない。
「妄想だ・・・阿良々木月火は、あたしらが作った架空の・・・」
頭痛。頭が痛い。火憐は更に頭を抱える。
「うー・・・」
火憐は唸る。そして思い出す。浴衣の少女。妄想ではなかったはずの浴衣の少女
「・・・・」
立ち上がる。
「うがー!」
そして壁に向かって思いっきり頭突きをする。そしてそのまま後ろに倒れる。
ファイヤーシスターズ。実践担当の火憐と参謀担当の月火。火憐は思い出す。妹の存在を。妄想ではない阿良々木月火の存在を。
033
「月火ちゃんは、妄想じゃねぇ・・・!!」
火憐は、身体を起こし、自分の部屋を勢いよく飛び出した。
034
僕は改めてパソコンで月火に関する事を一通り調べていたが、当たり前というか当然というか・・目ぼしい情報は何一つなかった。もう重し蟹や、迷い牛など、他の怪異の事は頭に残っていなかった。「しでの鳥」その怪異だけが僕の胸を締め付けていた。
「はぁ・・・くそ・・・」
僕はタメ息をついてベッドに寝転がった。どうしたら良いか分からなくて、また不安になり心細くなった。と、その時、僕の部屋の扉が勢いよく開いた。
「・・!!?」
そこには火憐が立っていた。
「兄ちゃん・・・あたしも思い出したよ・・・」
「火憐ちゃん・・・」
火憐は冷や汗を書きながら、
「月火ちゃんは、確かにいた。兄ちゃんは間違ってねぇ!」
僕の心に雨が降っていたとしたら、わずかに雲の間から光が差したような気分になった。僕だけじゃなかった。この記憶を持っているのは。怪異が存在した記憶を、月火が存在した記憶を。
「火憐ちゃん・・良かった・・・」
035
その後、僕と火憐はベッドに並んで座り、月火との思い出を語った。間違っていなかった。整合性もしっかり確認できた。
月火は確かにいたのだ。存在したんだ。
「なぁ火憐ちゃん、月火ちゃんを探そう。もしかしたらどこかにいるのかも知れない」
「・・・・」
火憐は黙ったままだった。
「火憐ちゃん・・?」
「なぁ・・・兄ちゃん・・・何で今こんな事になってんのか、あたしには皆目見当もつかないけどさ・・・」
火憐は何故か顔が真っ赤だった。そして何故か足をもじもじさせている。
「・・・?」
「探さなくて・・・良いんじゃ・・ないかな・・・月火ちゃんはこの世界にいない事になってんだろ?あたし達2人の記憶がおかしいのかも知れねぇじゃんか・・・・」
「火憐ちゃん・・・!?何言ってんだ!」
「だってさ!!周りはみんな月火ちゃんの存在をあたしらの妄想として考えてた!じゃあそれはやっぱりあたしらの妄想で・・・あたし達はいつの間にかそれを現実のように勘違いしてたんじゃねぇのかな・・・」
僕の心の雨はまた酷くなってきた。やめろよ、火憐。お前がそんな事を言うなよ・・・。
「兄ちゃんさ・・・」
僕はいきなり火憐に押し倒された。
「おわっ・・・!!?」
火憐は僕の上に馬乗りになって、顔を赤くしながらこう言った。
「兄ちゃん・・・月火ちゃんは、いないんだよ・・・たぶん・・・だからさ兄ちゃんはあたしのものだ」
「!?何言ってんだ・・!お前・・」
火憐が僕に覆いかぶさってきた。火憐は僕を抱きしめる。
「兄ちゃん・・・好きなんだよ。あたし・・・兄ちゃんの事」
火憐の心臓の鼓動が聞こえる。火憐の無駄に成長した胸が僕の身体に当たり、僕も顔が赤くなる。
「やめろ!火憐・・・何言ってんだ!」
「そりゃあたしだって月火ちゃんの事は大事だ。でも今まで何でも半分だった。兄ちゃんもあたしと月火ちゃん2人のものだった」
「いや俺はお前ら2人の兄ちゃんだけど、2人のものじゃねぇよ!?」
必死だ。本当に必死だった。だが怪異がいないこの世界。僕は吸血鬼性など持っていない。とてもじゃないけど火憐の力に敵う訳もなく、どれだけもがいてもビクともしなかった。
「でも月火ちゃんがいないなら、兄ちゃんはあたしだけのものだ。」
「お前、人の話聞けよ!」
火憐は、上体を起こして上着を脱ぐ。火憐らしいいつもの黒のタンクトップだ。そのまま火憐はズボンを脱ごうとした。
「火憐!!お前、バカ・・・!」
僕は本気でもがく。妹の下着姿などの見飽きてるし、見ても興奮しないが、この場合は違う。僕たち家族なんだって。そういうのしちゃいけないんだって。僕は咄嗟に火憐の胸を鷲掴みにした。
「ひゃぁっ!?」
火憐は変な声をあげてのけ反った。その一瞬、火憐の足の拘束が少し緩んだ瞬間に僕は思いっきりもがいた。そのおかげで火憐は転倒し、僕はフリーになった。
だが、さすが我が妹。切り替えしが早い。倒れてすぐにバランスを整え、僕の両肩を掴み固定する。
「兄ちゃん・・・!」
唇を近づける。これはヤバい。かつて火憐のファーストキスを奪った僕だが、それを差し引いてもヤバい。僕は全力で火憐の肩を思いっきり押した。その勢いで火憐はそのまま後ろに転倒する。
「何すんだ!兄ちゃん!」
「それはこっちのセリフだ!」
火憐は涙目になる。でも、それでも。その潤んだ瞳でしっかり僕を見据えている。
「だってあたしは兄ちゃんが・・・!!」
「妹じゃねぇよ!」
「!?」
火憐が大人しくなる。潤んだ瞳が更に潤いを増す。
「月火ちゃんは僕たちの妹だ。その月火ちゃんをいなくて良いだなんて言うなら、お前は僕の妹じゃねぇ!」
「・・に、兄ちゃん・・・あたしは・・・」
「お前は、月火ちゃんがいなくて良いのか?ファイヤーシスターズは!?今まで5W1Hべったりだったじゃねぇか!」
火憐の涙があふれ出した。ボロボロと大粒の涙を流す。
「火憐、僕はお前の為なら何回だって死んでやる。それくらいお前を愛してる!でも月火ちゃんも同じだ。」
「う・・・う・・・ひくっ・・・」
「お前、いつか言ったじゃねぇか。僕の為に死ねるんだろ?」
「・・・・」
「死ねるんだろ!?」
「うん・・・死ねる・・・死ねるよ、兄ひゃん・・・」
火憐の涙は止まらない。
「じゃあ月火ちゃんは!?お前、月火ちゃんの為にも死ねるってあの時言ったじゃねぇか!」
影縫さんと斧乃木ちゃんに玄関をぶっ壊された時に、火憐に誰も家に入れないようにと門番を頼んだんだ。その時に、僕は火憐に質問した。「僕の為に死ねるか」と。火憐は「死ねる」と返した。笑顔で。「じゃあ月火ちゃんは?」と聞いたら火憐は言ったんだ。
「死ねるよ・・・あたし、月火ちゃんの為になら死ねる。笑いながら死んでやる」
涙をボロボロと零して、火憐は震えるような声でそう言った。
「ごめん・・・」
ぽつりと火憐が呟いた。大粒の涙がボロボロと落ちて、火憐の服がもうびしょびしょだ。どんだけ涙流すんだよ。もう何かおねしょみたいじゃん。と僕が心の中で突っ込んでいるのを構わず火憐は言葉を続ける。
「に、にいちゃん。ごめん・・・ごめんなさい・・・ごめん、月火ちゃん・・・」
「・・・・・」
「あたし、兄ちゃんも好きだし、月火ちゃんも好きだよ・・・」
僕は大きくタメ息をついて、倒れている火憐を起こし、優しく抱きしめた。
「火憐ちゃん、僕もお前が好きだぜ。大好きだ。でも月火ちゃんも同じだ。月火ちゃんも僕にとってはいなくちゃいけない存在なんだ。」
僕は火憐を強く抱きしめた。
「だから、僕はその我がままを突き通す。火憐ちゃん、お前と月火ちゃんは一生、兄ちゃんと一緒なんだ。僕のワガママに付き合ってもらうぜ。」
火憐はようやく止まったであろう涙の残りを服でふき取り、ようやく笑顔になった。
「うん。兄ちゃん・・・ありがとう。やっぱ惚れるよ」
「惚れるなよ。近親相姦になっちまう」
火憐は、太陽のような笑顔で「えへっ」と笑い、そしてこう続けた。
「もう惚れてる。やっぱ兄ちゃんは最高だ」
036
そうだ。
阿良々木火憐は僕の妹で、阿良々木月火は僕と火憐の妹だ。
二人とも、一度僕の妹になって以降、妹じゃなくなった事は一度もない。それは恋人より遥かに硬い絆だ。別れて、付き合ってとかそういう過程が一つもない。僕らはずっと・・・ずっと兄妹として兄妹だった。僕らはずっと一緒に生きてきた。
一生を添い遂げると誓った忍や、愛を誓ったひたぎや・・・そんな彼女たちを差し置いて、火憐と月火はずっと一緒なのだ。一緒にいた時間は誰よりも長く、一緒にいる時間はこれからも長く、死ぬまで永遠だ。
そう、
阿良々木暦と
阿良々木火憐と、
阿良々木月火は、
ずっと一緒なんだ。
月火が初めからいない世界だ?妄想のキャラクターだ?
ふざけんな。そんな設定で月火を失ってたまるか。そんな世界の事情で大事な妹を1人失ってたまるか。
妹を取り戻す為に世界が滅ぶとしたら、僕は世界を滅ぼそう。
心配ない。ひたぎも、忍も、羽川も、神原も、もう会えない千石も、きっとあいつらは大丈夫。僕の愛しい仲間たちは世界が滅んだくらいでいなくなるような奴らじゃない。
だから僕は月火の為に、喜んで世界を滅ぼそう。
ヒトラーにだってなってやる。独裁政治を引いてやる。
僕は妹の為に悪になれる。アンチヒーロー結構だ。僕は月火ちゃんを取り戻す為にこの手を悪に染めよう。
世界の事情は全て否定してやる。これは、僕の事情で、僕のワガママだ。
お前ら世界なんかに邪魔させない。返してもらうぞ。僕の月火ちゃんを。
037
「で、どうやって月火ちゃんを探すんだよ?兄ちゃん」
すっかり泣き止んだ火憐が何故か僕の腕に自分の腕を絡ませべったりくっつきながらそう言った。お前、結局分かってねぇんじゃねぇか?
「火憐ちゃん・・・」
「兄ちゃん。確かに月火ちゃんは大事な妹だ。でもだからといって月火ちゃんに兄ちゃんは譲らねぇ。」
「いや譲る、譲らないとかなじゃなくてだな。僕たちは家族だから、兄妹として愛し合って-」
言葉を遮るようにして
「兄ちゃんはあたしのだ!」
と力強く言う。絡めた腕の力も強くなる。
「家族だっつってんだろ!?」
「月火ちゃんとは兄ちゃんを奪い合う良きライバルっていう関係だ。だからいなくなられたら困る」
「いや何かおかしいよ!」
「月火ちゃんと奪い合った結果、兄ちゃんの腕が千切れても、それは仕方ねぇ」
「僕を物理的に奪い合うの!?やめろよ!間違いなくお前が引っ張る方の腕が千切れるよ!」
「その腕を抱き枕にしてあたしは毎日を過ごす!」
「もはや狂気の域だよ!せめて本体にして!?」
「え、良いのか!?」
しまった。火憐の言葉の罠に嵌まった。両腕がなくなった状態で今のこいつの抱き枕になったらされるがままだ。
やれやれ。でもまぁ今は良い。今は、火憐のどんな要求も応えてやる。いつかそんな日が来るように僕たちは月火ちゃんを取り戻すんだ。
「で、兄ちゃん。どうやって月火ちゃんを探すんだ?」
「むむ・・・そうだよな・・・」
探すとは言ったものの、結局は手段がなかった。お手上げ状態だ。忍野だって怪異を知らないとか言ってるレベルだ。もうどうする事もできない。
「・・・・くそ・・・」
僕がそう呟いた。火憐は僕から離れ、立ち上がり
「とりあえずさ。兄ちゃん」
「?」
「今日は寝ようぜ。」
とそう呟いたのだった。
038
朝。いつも僕を起こしてくれる妹たちはいなかった。
今、この世界に月火はいない事になっている。火憐は僕の隣でぐっすり寝ている。つまり僕を起こしてくれる人はいなかった。いや正確に言うと起こしてくれたのは火憐だ。
「むにゃむにゃ・・・」
「痛っ!」
火憐が寝返りを打った際、火憐の拳が僕の顔を直撃した。こいつ寝ながらでもこの力かよ。
「ちくしょう!痛ぇな!・・・」
上体を起こして、意識を覚醒させる。そして横ですやすや眠る火憐の顔を見る。裏拳で起こされたので、首でも絞めてやろうかと考えたが、寝顔を見ていると何だか愛しくなってきて、火憐の頬を優しく撫でるだけになった。
「・・・・」
僕は火憐の胸を少し揉む。むむ・・・やはりこいつでかい。これはもう少しで羽川に近づくか?
「・・・えい」
僕は火憐の唇にキスした。
「・・!!おわっ!!?」
火憐はそれに驚いて目を覚まし、上体をものすごいスピードで起こした。すさまじいスピードで火憐のおでこが僕の鼻に直撃し、そのままバランスを崩し、朝から妹に変態行為をする変態兄はベッドからころげ落ちた。
「な、なんだ・・・兄ちゃんか。敵かと思った」
「その歳になってもお前には敵がいるのか・・・」
僕は鼻を押さえながら立ち上がる。その際、僕は急に不安に取りつかれた。昨日と今日で日付が変わって一度眠って・・・火憐が「月火を知らない」と言い出したらどうしようかと不安になったのだ。何せ一度眠っていたら世界が大きく変化していたんだ。それくらいの恐怖心があってもそれは臆病者と呼ばれるには値しないだろう。
「火憐ちゃん・・・」
僕は恐る恐る火憐ちゃんと瞳を合わせる。そんな僕の不安を他所に、火憐は太陽のような笑顔で
「さぁ、兄ちゃん。朝飯を食べようぜ」
そして、煌めくような愛しい笑顔で
「そんで、月火ちゃんを探しにいこう」
と僕にとって最高の言葉を紡いでくれたのだった。
039
僕と火憐はリビングに降りる。親は今日も早くから仕事のようでダイニングテーブルに朝食が置手紙付きで準備されていた。
置手紙はいつもの事だったが、今日はいつもと少し違って、置手紙の横に何やら書類の束が一緒に置かれていた。
「ん・・?」
暦、火憐へ
最近、この町で詐欺被害が多い。資料を置いておくから読んで、詐欺に合わないようにしなさい。
と母からの置手紙だった。
僕は朝食を食べながら、資料を手に取った。火憐はご飯に卵をかけて混ぜている所だった。元気だな、こいつ。
資料には巷で流行っている詐欺の手口などの情報が書かれていた。とその時、1枚の紙が落ちる。
「あ・・・?何だこれ・・・」
それは1枚の小さなカード。つまり名刺だった。
「・・・!!これは・・・」
その名刺には懐かしい名前が書いてあった。懐かしい思いと腹が立つ記憶が蘇る。
ゴーストバスターズ 貝木泥舟
TEL080-XXXX-XXXX
「貝木・・・・!!!」
「あ・・・?」
火憐がそのワードに反応した。
「今なんつった?兄ちゃん」
「貝木だ・・・貝木泥舟!」
「・・・!あの詐欺師か・・・あのクズ野郎がどうしたんだよ?」
火憐の眼が鋭くなる。そりゃそうだろう。火憐は貝木に酷い目に合わされてるんだからそりゃあ眼も鋭くなる。
「こいつなら、何か手がかりを知っているかも知れない」
「あ・・・?」
更に眼が鋭くなる。
「詐欺師に頼るのかよ、兄ちゃん・・・」
「いやお前の気持ちは分かる。でもこいつはお金さえ渡せば信頼できる情報を渡してくれる。」
「・・・・」
「この際、なりふり構ってられねぇ。」
火憐は少し黙り込み・・・そしていきなり思いついたかのように卵かけごはんを口に掻き込み、全て平らげた後、ぷはー、とか漫画みたいなセリフを言った後、
「わかったよ。兄ちゃん。兄ちゃんに任せる。」
と観念したかのように言ったのだった。
忍野でさえ、怪異を知らなかった。同じように貝木も怪異を知らない可能性はある。でも、それでも少しでも可能性があるなら頼るべきだ、と僕はそう判断した。
僕は、ゴクリと息を飲み、名刺に書かれた電話番号に電話をかけるのだった。
040
「あいつが少しでも変な事をしたらブン殴る!」
と鼻息をふんふんと言わせながら火憐が自分の拳と拳を合わせた。
「いやもう出会い頭に一発入れそうな感じだな。我慢しろよ。」
僕はそう言いながら電話をかける。
『もしもし。ゴーストバスター貝木です。貝塚の貝、枯れ木の木。貝木です。』
淡々と新しい顧客に対するマニュアル口調で貝木は電話に出たのだった。
「もしもし、貝木か?僕だ。阿良々木だ」
『・・・何だ阿良々木か・・・何の用だ』
「少し頼みたい事がある。金なら払うから教えてくれ。直接会いたい」
『珍しいな。お前からそんな事を・・・分かった。力になれるかは分からんが、話は聞いてやる。もちろん有料だが。』
とその後、時間と場所を決めて、電話を切った。後ろで火憐は正拳突きの素振りをしていた。もう完全に殴る気でいる。
そしてお互いに着替えた後、今にもスーパーサイヤ人になりそうな火憐を僕はなだめながら、貝木との約束の場所に向かうのだった。
041
懐かしいな。と思った。
なぜそう思ったのかだが、自分のいる場所に対してそう思ったのだ。ここはショッピングモールの屋上だ。この街で唯一ある大型ショッピングモールの屋上。遊園地みたいになっていて、中心にはステージがある。
「久しぶりだな。阿良々木。」
そのステージの観客席の中心くらいにその男はいた。不吉で、凶で、誇るべき偽物。詐欺師・貝木泥舟。
「久しぶりだな。貝木」
僕は警戒レベルマックスを保ったまま、貝木の挨拶に返答をする。
「大きくなったな。そっちの妹も。元より高い身長を有しているが、なるほど。更に伸びるのか。」
「・・・」
火憐は黙ったままだった。心の中では、頭が金髪になっているのかも知れない。
「で、何の用だ?今俺がやっている事を止めさせようするなら、とりあえずは簡単だ。金を払え。1000万から検討してやる」
変わらねぇなこいつ。ここまで変わらないと逆に尊敬するよ。そして現在進行形で詐欺をやってるのか、こいつ。
「いや用件はそれじゃない。お前に聞きたい事がある。」
「・・あ・・・?」
貝木は首を傾げる。僕の目的が自分の詐欺を止める事ではなかった、という事が意外だったのだろうか。
「僕の・・・僕の妹がいなくなったんだ」
「・・あ?いるだろう、そこに」
貝木はそう言って火憐を指さす。
「人を指刺すなぁ!!」
火憐が逆切れする。いやお前もよく人に向かって指刺してるから。僕は今にも殴りにいきそうな火憐を制止し、話を続ける。
「違う。一番下の妹だ。阿良々木月火。しでの鳥の怪異の」
「しでの鳥?」
火憐がそう呟いた。だがそれは今は無視した。
「貝木、知ってるか?阿良々木月火。」
「・・・知らんな。しでの鳥?それは知っている。妖怪の名前だ。」
「知ってるのか!?」
「知っている。よくあるオカルトだ。実在するものじゃない」
僕は一瞬、絶望しかけたがここで諦めたら終わりだ。そう思い冷や汗を流しながらも話を続ける。
「貝木、お前は怪異を知ってるか?」
「知らんな。」
即答だった。僕は心の中で「くそ」と唾を吐いた。忍野もそうだったがやっぱりこいつもダメか。と思った瞬間、貝木は続けてこう言った。
「だが、怪異を知っている奴を知っている」
「・・・!!!」
その言葉も懐かしい言葉だった。前に貝木を街から追い出す為にこの場所で、ひたぎと一緒にここへ来た時、僕がさっきと同じ質問した結果、この男が返した返答と同じ言葉だった。
「知ってるのか・・・?誰だ・・・?」
火憐は話についていけていなく、混乱している様子だった。火憐は怪異自体を元々知らないからな。混乱する火憐を置いてけぼりに、僕は話を進める。
「教えてくれ。怪異を知ってる奴ってのを」
「知りたいか、教えてやる。金を払え。」
聞き慣れたセリフだ。いや慣れるほど聞いた訳じゃないけど。それでもやはりこのセリフは貝木ならではの、貝木にしか似合わないセリフだ。
「わかってるよ」
僕はポケットから財布を取り出し、財布ごと貝木に放り投げた。値段の交渉をする余裕がなかったのもあるが、そんな時間があるなら、早く月火を探す手段を実行したかった。
貝木は財布を拾い上げて、中身を確認し、
「・・・・良いだろう。これで許してやろう」
と呟いた。今月の僕のお金はもう0になった。次のバイトの給料日が待ち遠しいぜ。
「で、どうなんだよ。貝木。」
「まず繰り返すようで悪いが、お前の言う阿良々木月火という人物は知らん。いや正確には知ってはいるが、実在している事は知らない。以前、この街で俺が中学生相手に詐欺をしていた時に、当時有名だったファイヤーシスターズについても調べたが、あれは・・・月火というのはお前ら兄妹が作り上げた妄想だろう。」
貝木は淡々と言う。「作り上げた妄想」ってワードが僕と火憐の心に突き刺さる。
「ゆえに・・・阿良々木月火という人間は知らん。もちろん同じ理由でしでの鳥もな。」
「じゃあ、何を知ってんだよ?!?」
僕はつい声を荒げてしまう。それほど焦っているのだと理解してもらって良い。
「元気だな。まだ若いな。実に羨ましい。まぁ・・・そう焦るな。」
「っ・・・!!」
「怪異を知ってる奴なら知っている。正確には知っていそうな奴だが。あの人なら何でも知っている」
僕は「何でも知っている」というワードに一人の人物を思い描いた。そうだ。そういえばいた。何でも知っている人物。僕が心の中でその名前を連想する。それと同時に貝木の口からその人物の名前が放たれた。
「臥煙伊豆湖」
そうだ。神原駿河の母親、臥煙遠江の妹・臥煙伊豆湖だ。
「お前の携帯電話には彼女の連絡先が入っているはずだろう。」
貝木はそう言って僕のポケットを指刺す。僕は慌てて携帯を取り出してアドレス帳を確認した。「か行」に「臥煙さん」という文字がしっかり残っていた。
「用件は以上だな。」
短くそれだけの言葉で締めて貝木はその場を去ろうとしたが、何故か立ち止まり、火憐に向けて、
「あぁ、そうだ。阿良々木火憐。」
「・・!・・な、何だよ・・・」
火憐は戦闘態勢に入る。いつでも殴ってやる!という感じだった。
「あの時はすまなかったな。とても反省している。悔いるばかりだ。」
あの時とはおそらく「あの時」なのだろう。貝木が火憐に囲い火蜂を処方した時。
「・・・嘘だろ。とても反省しているようには見えねぇよ」
火憐は臨戦態勢を崩さない。警戒レベルマックスだ。まぁ無理もない気はするが・・・。
「そうかも知れない。だがそうじゃないかも知れない。お前は変わらんな。もう少し大人になれ。いやそれについては阿良々木、お前もだ。お前たち兄妹は、まだまだ子供だ。本質を見抜けるようになれ。さもないといつまで経っても現状は打破できんぞ」
何だよ、珍しくマトモな事を言うじゃないか。逆に気持ち悪ぃよ。
「・・・?どういう意味だよ。」
「そのままの意味だ。本質を見抜け。そうすれば取り戻せるモノもあるだろう。では、さらばだ」
と忠告なのかアドバイスなのかよく分からないような事を言って、貝木は言葉を締め、その場を立ち去った。僕と火憐はそんな不吉な詐欺師の言葉を、珍しくしっかりと受け止めるのだった。
貝木は詐欺師で、その言葉は全て悪意に満ち満ちているのだが、それでもそのアドバイスのような忠告は、僕たちにとってはありがたかった。そのありがたさから来る安堵の感情を胸に僕と火憐は帰路に着いた。
042
『いやぁ、こよみん。久しぶりだね。』
そんな調子の良い口調で電話口に出たのが、臥煙伊豆湖だった。怪異の専門家の元締め。何でも知っているお姉さん。羽川が「知っている事だけ知っている」に対して、臥煙さんは「何でも知っている」だ。それは返すと「知らない事はない」と言っているのと同じで、今の僕にとってこれほど頼もしい存在はいないのだろう。
貝木と別れた後、帰路についた僕と火憐は早速、自分のアドレス帳に入っている「臥煙さん」の番号に電話をする事にした。
「臥煙さん。久しぶりです。」
『そうだね。忍野扇の時以来かな?そうだね、そっちの妹さんは初めましてだね。阿良々木火憐さん』
やっぱすごいな。隣に火憐がいる事も知っている。どっかに監視カメラでもあるんじゃねぇかと思うくらいだ。当の火憐は「何であたしがいる事が分かったんだ!?」って顔をしているが、状況が状況なだけに細かい所まで突っ込む程の冷静さと、賢さを持っていないのだった。
「は、初めまして。」
『さて、用件は分かっているよ。阿良々木月火に関して、だね』
「はい。話が早くて助かります」
『まぁ結論から言うと、この世界に阿良々木月火はいない。』
マジか・・。僕と火憐は絶望した。臥煙さんにそう言われたら終わりだ。
「そ、そんな・・・じゃあ、僕たちは!!!」
『まぁ最後まで聞きなさいよ。この世界にいないと言ったけど、正確には・・・この世界には、だ。』
「・・・?」
僕と火憐は二人揃って首を傾げた。
『意味が分からないって顔してるね。君たちが迷い込んだこの世界にはいないって事だ。何て言ったってこの世界は怪異なんて存在しない世界だからね。』
「はぁ・・・つまり別の世界に月火はいるって事ですか・・・?」
『別の世界なんて大層なものじゃない。阿良々木月火・・・しでの鳥は、君たちの元いる世界にいる。ごく普通に。当たり前のようにね。』
「つまり僕たちは怪異のない世界・・・パラレルワールドみたいな世界に迷い込んでしまったという事ですか?」
『惜しい。少し違うな。ここは夢の世界だ。夢は夢でも悪夢だけどね。』
そう言って、臥煙さんは、その何でも知っている知識を語りだした。ここからは臥煙さんの説明に入る。
獏。
あの鼻の長い動物の怪異さ。
古くは中国の民間伝承で登場する。人の夢を食べる動物だ。
文献によって様々だけど、人に悪夢を見せたり、良い夢を食べてしまって絶望させたりと悪役色の強いイメージが多い。
怪異としての獏は、人に悪夢を見せて、それを食べるというもの。
君たちは獏によって同じ夢を共有し、悪夢を見ている最中なんだよ。
そして怪異としての獏が厄介なのは、悪夢を乗り越えなければ悪夢が現実になるという神染みた世界改変能力だ。
獏が見せた夢は、ハッピーエンドで終わらなければ現実になる。
つまり君たち兄妹は、ハッピーエンドでこの世界の物語を終えなければ、夢から覚めた時、本当に君たちの元いた世界から怪異が消滅する。
ハッピーエンドの終わり方については、私も分からない。こればかりは知っている、知らないの問題じゃない。人によって変わる未来の話だ。
予測するしかない。
「つまり僕たちが・・・」
火憐が続ける。
「月火ちゃんを見つける事・・・」
『必ずしもそうではないが、それが一番、可能性が高いだろうね。それが君たちにとってハッピーエンドである可能性がね』
043
電話を切った後、僕と火憐は考える。僕たちにとってのハッピーエンドは間違いなく月火を見つける事だ。でもこの世界に月火はいない。あの臥煙さんが言うんだ。「月火はいない」と。
これは矛盾である。月火のいない世界を抜け出すには月火を見つけなきゃいけないだ、なんて。実質、この世界から抜けられないって事じゃないか。臥煙さんはおそらく分かってて言わなかったのだろう。
それを言うには残酷すぎると分かっていたから。
「手詰まり・・・だな・・・」
僕はそう呟く。火憐も同じようで、返事は返ってこなかった。自分たちが何故こうなったかっていう状況は理解できて、脱出方法も分かった。だが脱出する為の鍵がない。
「兄ちゃん・・・月火ちゃんは、不死鳥の怪異なんだよな?」
「ああ。妖怪みてーなもんだ。月火ちゃんの事嫌いになったか?」
火憐は笑って、
「いや、全然。むしろ尊敬するぜ。月火ちゃんは不死なんだな。」
「ああ寿命までは、何があっても死ぬ事はない。そんな怪異だ。でも僕たちの妹だ。」
「ああ、そうだ。どんな化け物でも、月火ちゃんはあたしたちの妹だ」
火憐は、そのまま寝転がった。僕も寝転びたくなって、火憐の横に寝転んだ。その光景はなんだか、かつてひたぎと見た満点の星空を見た時のような光景だった。今僕たちが見上げているのは僕の部屋の天井だが・・・。
「兄ちゃん、あたしは兄ちゃんの言う事は全部信じる。」
そう言って火憐は、僕の手を握る。
「だからさ、教えてくれよ。兄ちゃん。兄ちゃんと怪異にまつわる物語を。」
「・・・途中で寝るんじゃねーぞ」
そう言って僕は、火憐に話し始めた。
吸血鬼と出会ったあの時の話から。