実物語
000
阿良々木月火。
今年の4月で17歳。
中学校を卒業して、火憐と同じでエスカレーター式に同じ栂の木第2高校に行くと思っていたのだが、まさかの僕の母校、直江津高校に入学した。
身長もあまり変わらず、変わるのは髪型くらいで。
特に大きな変化もなく阿良々木月火は、17歳になったのだ。
ファイヤーシスターズという通り名はまだ健在で、火憐が大学に入学してからもまだ活動している。
性格は何というか、もう高校3年生だって言うのに相も変わらずピーキー。怒りっぽくて、ヒステリックで。
そして不死身な僕の妹。
ん?不死身って何だって?
おいおい、このシリーズを十数巻に渡って読んできたんじゃないのか?偽物語を読み返せ。僕が妹のファーストキスを奪ったつきひフェニックスだ。
そう。つまり怪異。人ならざるもの。妖怪変化の類。
怪異なんだよ、僕の妹は。
しでの鳥という怪異。
そう、怪異そのもの。
偽物で、それでも誇らしく生きる不死鳥の妹。それが阿良々木月火。
僕の誇り。僕の命よりも大切な・・・僕の妹だ。
つきひファントム
001
寒い。寒かった。いや過去形じゃない。現在進行形で寒い。
季節は冬。もうクリスマスも終わって、年末も終わって、年始も終わった。バレンタインデーが近づこうとしている時期だ。
だが今日はいつもと違って何故か温かい。
布団の中で、頭は覚醒したが身体が動かない。いや動かしたくない。寒い布団の外に出たくない・・・といつもなら思う。だが、今日に限って、その寒いという感覚が鈍く、むしろ温かくすらあった。
「な・・ん・・・だ・・・?」
僕が目を開けたその目の前に浴衣の女子が寝ていた。しかも僕を抱いた状態で。
「あ・・・?月火ちゃん?」
「すぴー」
「漫画みたいな寝息立ててんじゃねぇよ!」
「ZZZ・・・」
「おい!腕を離せ!起きれないだろ!!」
何だこれ!妹の月火の腕が僕の胴体をがっしりホールドして、僕は身動きが取れない状態だった。これ、火憐ちゃんだったら僕の背骨折れてるだろ!
「ん・・・むにゃ・・・ほえ?・・・あ、お兄ちゃん・・・なんでここにいるの?」
「それは僕のセリフだ!ここは僕の部屋で、ここにいておかしいのはお前だ!自分の部屋あるんだから、そっちで寝ろよ!」
「・・・・むにゃむにゃ・・・すぴー」「
「寝るなよ!!!なんで今の流れで寝るんだよ!!!」
月火は二度寝を決め込んだ。だがその際に腕がほどかれて、僕の身体は自由になったのが幸いだ。
「やれやれ」
月火の呪縛から逃れた僕は、改めて覚醒する。あー、寒い。やっぱ寒いわ。
布団から出て、ベッドを降りてようやく寒さを実感する。こんな事なら、月火と密着していた方が良かったかも。と妹の温もりの大事さを少し惜しんだ。
「ふわぁ~」
僕がベッドを立ったと同時くらいに、月火が覚醒した。
「あ、お兄ちゃん、おはよ」
「何がおはよ、だ。お前なんで僕の部屋にいるんだよ?」
「寒かったから・・・お兄ちゃんと一緒に寝ようと思って」
「はぁ?お前、もう17歳だろ。てかそんなキャラだっけ?」
月火は背伸びをしながら、
「いやもう17歳だし・・これからは火憐ちゃんみたいにお兄ちゃんラブなキャラで売っていこうかなと思って」
「何だそれ。売ってても買わねぇぞ。」
「まぁまぁ・・・そんな事よりお兄ちゃん、今日は何するの?」
広げたくない話に乗ってやったのに、こいつ・・・自らそんなことよりって言って切りやがった。
「今日は・・・特に予定はないけど。」
「予定ないの?22歳にもなって予定がないお兄ちゃん・・・」
「うるせぇよ。予定がない日だってあるんだよ。でも明日は、ひたぎとデートの約束をしている。」
「そうなんだ・・・戦場ヶ原さんと・・・」
月火は何故かムスっとしながらそう呟いた。やばい、何か地雷でも踏んだかと思ったが
「じゃあ、お兄ちゃん。今日は私とデートしよう」
「はぁ?」
「はぁ?じゃないよ。私とデートしよう」
「何で妹とデートしなきゃいけないんだよ。おっきい方とでも遊んでろよ」
「火憐ちゃんは、サークル。」
火憐は大学1年生。どうやら空手サークルに入ったようだ。その実力はやはり本物で、サークルなのに、全国大会に出るという前代未聞な事をやってのけた。
「そうなのか。いやだからといって僕がお前とデートする意味が分からん」
「良いから!デートして!買い物付き合って!!」
足をバタバタしながら駄々をこねはじめた。プラチナむかつく!が出ないだけまだマシか。
「何で妹と一緒にデートできないのよ!プラチナむかつく!」
あ、出た。何だよ。もうプラチナでもゴールドでもシルバーでもむかついとけよ。と思ったが口には出さない。口に出したら包丁を持ってきかねない。
「分かった、分かったよ。デートしよう。してやろうじゃないか」
「やったー!ちょっと待ってね、支度するから。お兄ちゃんもその間に顔洗ってきなよ。」
そう言ってとてつもないスピードで、それこそコンビニに千枚通しでも買いに行くようなスピードで月火は下に降りて行った。
002
「おい、お前様」
そんな言葉とともに僕の影から出てきたのは、忍野忍だ。旧キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード。僕は今年の4月で23歳になるが、こいつは変わらず幼女のままだ。そして僕の影にまだしっかり住んでいる。
「小さい妹御と出かけるのか?」
「ああ、そうだけど。どうした?」
「何じゃ・・・うぬは今日予定がないと言っておったから、ミスタードーナツに連れていってもらおうと思っておったのじゃが・・・」
忍は残念そうにそう呟いた。
「ああ・・・月火ちゃんと買い物行くついでに買ってきてやるよ。」
「おお!本当か!?それはありがたい」
「おう、僕に任せておけ。10個くらい買ってやるよ。」
「さすが・・・我が主様・・・分かっておるな・・・では後ほど・・・」
そう言って満面の笑みで忍は影に消えていった。さて・・・顔でも洗うか。早くしなきゃ月火の支度が終わる。あいつを待たせるとまた怒られるからな。
そう言って僕はリビングに降りた。
003
その後、顔を洗い、着替えを済ませリビングのソファで月火を待つ事に。
この待つ時間が暇でヒマで仕方がない。うーん。どうしたものか。
ピリリリリ!
そうやって暇なこの時間を惜しんでいる僕の携帯電話が振動しながら鳴る。
まぁ電話に出ない理由もないので、僕は電話に出る事にする。
「もしもし」
『あ、阿良々木先輩か?私は神原駿河。阿良々木先輩のエロ奴隷だ』
「おお、神原か。どうした?」
『阿良々木先輩。いよいよ私のボケに対して、スルーを決め込んでくるようになったな』
電話の向こうの神原は残念そうにそう言った。電話の度に、毎回同じ事言ってきやがる。さすがに慣れるわ。
『そうか。では言い換えよう。私は神原駿河。阿良々木先輩の愛人だ!』
「おまっ!やめろよ!僕、そろそろ結婚を控えてんだよ!」
『だから愛人というポジションに立候補しようと思ってだな』
「だから!なんで結婚する前から僕が浮気する事になってるんだよ!!ひたぎに殺されるわ!」
『ははは!阿良々木先輩の突っ込みは健在だな。』
「ったく。お前への突っ込みは全力になるから疲れちまうよ」
僕はため息をつきながらそう言った。こいつのボケは基本的に放送禁止ギリギリのワードばかりだから、突っ込む方はマジで疲れる。お前もう大学3回生だろう。そのテンションで就活できんのか?あんなんでも可愛い後輩である神原の就職活動事情を心配しつつ僕は、神原に質問した。
「で、何の用だよ?」
『ああ、それがだな。明後日、引っ越しなのだ。』
「そういえばそんな事言ってたな・・・」
1ヵ月くらい前に神原が大学により近い場所で一人暮らしをするという話をしていた事を思い出す。来月引っ越すとは言ってたが、明後日だとは。完全に失念していたぜ。
『それでお願いなのだが、阿良々木先輩。荷物を運ぶのを少し手伝ってもらえないだろうか?』
「ああ、もちろん良いぜ。任せとけ。」
僕は快諾する。何だかんだこいつにはお世話になってるからな。
『お心遣い痛み入る。』
「何時くらいからなんだよ?」
『13時くらいから始めようと思っている。』
「分かった、それくらいに行くよ。」
『ありがとう。ではまた明後日』
「ああ」
最後にそう言って、僕は電話を切る。そうか神原も一人暮らしか。みんな変わっていくな・・・。僕はしみじみそう思う。みんな成長しているんだ。
蟹に遭って過去を失くしていたひたぎや、猿に願って人を傷つけてしまった神原。千石は、漫画家になれただろうか。羽川は、今、どこの国を旅しているのだろう。
扇ちゃんは、高校を卒業して、そのまま警察官になった。この近所の交番で「はいはい、この道はねー。こうやって行くんですよー」と適当に道を教えたり、子供相手に遊んだりと近所では人気の警察官になっている。
更にちなみに言うと、まだ僕の家の月火の部屋に居ついている斧乃木ちゃんから聞いた事なのだが、千石は漫画家を目指すと同時に臥煙さんのお手伝いをしていて、影縫さんに次ぐ活躍を見せ、業界ではなかなかに有名なゴーストバスターになっているようだ。さすが一度は神になった少女。すごいぜ。
忍野は相変わらず行方不明。どうせあいつの事だ。どっかフラフラしてるんだろ。
そんなこんなで僕がソファに寝そべりながら、感慨にふけっていた時、月火がリビングに降りてきた。
「おっまたせー!」
「おう、月火ちゃん。やっと終わっ・・・た・・・か・・・」
僕は月火を見た。二度言う。僕は月火を見た。
「な・・・に!?」
僕が驚いたのも無理はない。あの月火が。あの月火が。あの月火が、浴衣を着ていない!
青のカーディガンに、白のミニスカート。中のピンクのブラウスが可愛い!なんだこの清純派女子!可愛い過ぎるだろ!
「何、お兄ちゃん。私の事じろじろ見て」
「いや・・・お前の浴衣以外の服装、久しぶりに見たなって・・・」
「いや高校の制服も浴衣以外、だよ?」
「私服の事を言ってんだよ。」
「可愛い?」
僕はしばらく沈黙して、少しため息をついてこう言った。
「ああ、可愛いよ」
月火は、「ふふ」と笑いながら一回転して、
「ありがとう」
と満面の笑みでそう返した。
004
その日、月火と僕は、近くのショッピングモールに行き、色々買い物をした。レストランで昼飯を食べた後、月火の私服選びに付き合った。
「お前、浴衣以外にもちゃんと服選んでるんだな」
僕がそんなことを言うから、月火は若干引き気味に
「いやだから外ではちゃんと洋服も着るって・・・」
「でも家では浴衣じゃん。家でも洋服って選択肢はないのか?」
「ないかなぁ。浴衣の方が楽じゃん?堂々とブラ取れるし。」
「あ、そこなんだ。」
月火はミニスカートやブラウスなども色々と選びながら、
「浴衣の方が色々と楽なんだよねぇ」
とそう言って、そのまま試着室に向かっていった。確かに楽な方が良いよな。家では。僕だって家では短パンとTシャツ一枚でいたいものだ。まぁ冬は上着とかをもちろん着たいが。できるだけ圧迫しない服が良い。ジーパンとかは動きにくいから正直、あまり履きたくないのだ。ずっとジャージでいたい。
「ん?なるほど」
僕は一人呟いた。なるほど。火憐の心理はこういう事なのだろうか。年中、ジャージの火憐はそういう意味合いでのジャージなのだろうか。
そんな事を考えていると、試着を終え、レジを終えた月火が両手に紙袋をぶら下げて、戻ってきた。なるほど。これを僕が持つ事になるのか。
005
ゲームセンター。たくさんのUFOキャッチャーが並んでいた。
「あ、これ可愛い!」
と、月火が指さしたのは、大きいインコのぬいぐるみだった。まるまるとしたインコだ。
おもむろに財布を取り出した所で、僕がそれを制止した。
「待て待て、月火ちゃん。僕が取ってやろう」
そこは見栄を張るのが兄というものだ。見ておけ、僕のキャッチング技術を。
「500円入れた方が、6回できて得だな。」
と僕は500円を入れる。
「それって安に500円はとりあえずかかると自分で認めているようなものじゃない?」
後ろで月火がそう呟くのを無視し、僕はいざインコのキャッチに挑んだ。
・・・しかし取れない。全然取れない。何だ、これ。このアーム、モノを掴む気はあるのか?キャッチしてもすぐに放してしまう。もう取らせる気はないだろ、と思ってしまう。そんなこんなで500円を数回入れ、挑戦する事二十数回。ようやくインコのぬいぐるみを取る事ができた。僕は半分涙目で取り出し口に落ちたインコを拾い上げ、これまた涙目で月火にそれを手渡した。
「わー!ありがとう。お兄ちゃん」
インコを抱き締めながら月火は満面の笑顔をしてみせた。まぁこの笑顔が見れただけでも良しとしよう。僕は財布の中の残高を数えながら、そう自分に言い聞かせた。
006
帰り道。月火の買った私服は、ほぼ全て僕が持ち、月火は僕が取ったインコのぬいぐるみだけを抱えていた。
「お兄ちゃんさ、来月、戦場ヶ原さんと結婚するんだよね?」
「何だよ。前から言ってるだろ。式場ももう予約してあるんだよ。今更文句言うなよ?」
月火はムスっとして、
「言わないよ。そこまで空気読めない月火ちゃんじゃないですよーだ。」
その後、少し間を置いて。
「ちゃんと幸せになってよね。」
とそう呟いた。
「?・・なんだよ。いきなり。」
「いやぁ・・・お兄ちゃんって何かいつも無理してるじゃん?無理し過ぎて不幸にならないで欲しいなって」
「きっと火憐ちゃんも同じ事思ってるよ。今だから言える事で、子供の頃は言えなかった事だけど」
並んで歩いていた月火は、歩を早め、そのまま振り返って僕の前に立ち、少し目を閉じて、少し寂しそうに、でも笑顔で、
「私たちは、お兄ちゃんが大好きだからね。幸せになって欲しい」
とそう言ったのだった。月火の後ろから夕陽が上っていて、それはとても綺麗で、僕は月火を含んだその夕景に見惚れた。
「ああ、分かったよ。ありがとう」
僕はそう返した。月火は言いたい事を言い終えた満足感から、「えへへ」と笑って、僕の腕に自分の腕を絡ませて、腕組状態で並んで歩いた。あれ、こいつってこんなデレ要素あったっけ?
もしかして、世界が滅ぶんじゃねーか?単に僕が結婚するから、寂しいだけか?
僕だって火憐か月火のどちらかが結婚するとなれば、それはもう発狂する。忍に血を吸わせて吸血化した上で、その結婚相手をぶん殴る。死なない程度に手加減はするが、死ぬまでぶん殴ってやる!!
それと同じか?・・・はっ!この理論だとひたぎが危ない!
などと心にもない事を思いつつ、僕と月火は帰路についた。
007
「よう、兄ちゃん、月火ちゃんお帰り。今日はどっか行ってたのか?」
玄関を開けて靴を脱ぐ僕らを迎えたのは、火憐だった。いつも通りジャージを着ている。お前も変わらねぇよな。
「ああ、ちょっとこいつの買い物に付き合っていたんだ。」
「付き合わせてたの~」
さすがにデートに行ってたとか恥ずかしくて言えないので、そうごまかした。嘘はついてない。
「そうか。良いなぁ!兄ちゃん、今度はあたしとも突き合ってくれよ!」
火憐は空手道のごとく軽くジャブをしながらそう言う。
「漢字が違うだろ。付き合うならまだしも、なんでお前と突き合わなきゃならん。ほぼ確実に僕にダメージが残る。」
火憐は大学に上がり、更に強くなった。身体能力だけなら影縫さんにも匹敵するんじゃないかってくらいだ。昔はまだ僕の方が力はあったけど今じゃ力すらも適わない。こいつどこまで強くなるんだ?ってレベルで適わない。火憐と喧嘩する事は、負け戦をする事と同じなので、こいつと取っ組み合いのけんかをする事はなくなった。
「はは!兄ちゃん、間違えたぜ。あたしも服を見てぇんだ。大学でさ・・・合コン?ってやつに誘われて、オシャレしてこいって同期に言われてさ。」
「何!?合コン!僕も参加させろ!心配するな。男側の連中は僕が全員ぶっ殺してやる!」
「何でだよ!?合コンって言ってもあたしは数合わせで行くだけで、合コン自体に興味はないんだぜ」
僕は冷や汗をかく。
「いや、でも合コンだぞ!うっかりお持ち帰りとかになったらどーするんだよ?僕は結婚を前に犯罪を犯してしまうかも知れない」
「いやいや兄ちゃん、大丈夫だって。心配すんなよ。お持ち帰りなんてされねーよ。あたしは兄ちゃん一筋だ。ところで・・・ご飯できてるぜ、二人とも」
そう言って火憐はリビングに消えて行った。
「お兄ちゃんも・・・シスコン卒業しなきゃね。」
月火の呆れた声が、玄関に空しく響き渡った。
008
その後、家族で夕食を食べた。いつもの光景だ。忍は影から出て、僕の部屋でドーナツを食べている。
僕の家のリビングにあるダイニングテーブルは6人掛けの大きなテーブルで、家族全員で夕食を食べる時は、僕を中心として、僕の右と左にそれぞれ妹たちが。僕の正面に父と母が座る。
この日も例外なくその配列で、いつも通りの夕食を食べ、お風呂に入った。月火がお風呂に入っている間に、月火の部屋にいる斧乃木ちゃんに夕食の余りをお弁当にして支給した。
「遅せーんだよ。何時だと思ってんだ。鬼のお兄ちゃん。もう夕食じゃなくて夜食だよ。ありがとう」
と何故か文句と感謝を同時に言われ、こいつ明日からもう飯やらねーぞと思いながら、自分の部屋に戻り、寝床に就いた。
009
「家族5人で食べる生活も今月が最後か・・・」
僕は呟いた。そう。来月からひたぎとアパートを借りて、一緒に住む事になる。戦場ヶ原は、阿良々木ひたぎになる。新鮮だな・・・。
と僕がひたぎとの結婚生活を妄想し、ニヤニヤしていると、火憐と月火が僕の部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん!」「兄ちゃん!」
「ノックしろよ、お前ら。・・・なんだよ」
火憐と月火は、お互いに顔を見合わせて、僕にこう言う。
「一緒に寝よ」
と。断る理由もないので快諾する。はぁほんと。こいつらブラコンだな。これ僕、ひたぎと結婚してこの家出た後大丈夫かな。
僕が真ん中で、右と左に火憐と月火。普通に考えたらおいしい状況だが、妹なので、全然興奮はしない。
でも温かかった。人肌の温もりがやけに心地良い。
明日はひたぎとデートだ。寝坊しないようにしないとな。
010
僕たちは目を閉じる。夢を見よう。3人一緒に寝てるんだから、3人同じ夢を見れたら楽しいよな。
夢を見よう。幸せな夢を。
011
ピピピピピピピピ。
時計の音が、朝を告げる。
うるせぇ。律儀に毎回鳴りやがって。たまにはサボれよ。
遅刻した時の言い訳として、「時計が壊れててアラームが・・・」って理由はかなりメジャーだと思う。そういう場合、目覚まし機能のセットし忘れがほとんどで、実際壊れていたなんてケースは稀な訳だが、それでも寝坊の言い訳としては至極理解されやすい言い訳だと思う。
そんな駄論を論じつつ、僕は目を覚ます。うわ、寒っ。昨日も寒かったけど今日の方が寒いんじゃないか?
寒さのせいで意識もはっきりしている。
でもほのかな温もりがあるのは、
「すー・・・」
横で火憐が寝ているからだった。月火はどうやら先に起きたようで、僕のベッドにはいなかった。
僕は火憐の寝顔を見る。
「・・・すー・・・」
こいつやっぱ可愛いな。羽川ほどじゃないにしても・・・ついでに胸を突ついてみる。
「ん・・・」
少しビクってした。ビビった。いやでもこいつ胸でかいな。羽川ほどじゃないにしても・・・と思いながら、火憐の胸を揉む。するとさすがに違和感を感じたのか、
「んー・・・兄ちゃん・・・触りすぎだぜ・・」
と言いながら、火憐が目を覚ました。
「火憐ちゃん。起きたのか。」
「ああ・・・そりゃ起きるよ。兄ちゃん、妹のおっぱい触りすぎだぜ」
そのセリフをお前から聞く事になるとは。それは月火ちゃんのセリフだぜ?
「ま、兄ちゃんだから別に大丈夫だけどさ」
あくびをしながら、そう言って火憐はベッドを出て、自分の部屋に戻って行った。ちなみに今まで火憐と月火の部屋は同じ部屋だったのだが、火憐が中学を卒業した時に、火憐が新しい部屋をもらい、月火とは別々の部屋になっている。それでも寝る時はよく一緒に寝たりしているので、あんまり生活は変わっていないように思う。
ぼーっとしている間に、火憐が自分の部屋から出る音がして、そのままリビングに降りる音がした。僕もそのまま少しぼーっとしてから「はぁ」とため息をつきながらリビングに降りた。
012
リビングに降りたら、月火はそこにもいなかった。
何だ、あいつ・・・朝からどっか出かけてるのか?
両親は仕事、火憐も学校に行ったようで、リビングには僕だけが突っ立っていた。もちろん忍も起きない。あいつは夜行性だからな。
顔を洗ってからテーブルに置かれた朝食を済ませて、服を着替えた。今日はひたぎとデートの約束をしているからな。しっかり決めていかないと。
家を出て、靴を履く時、やけに靴の数が少ないな、と思ったが気のせいだろうとそのまま玄関を後にした。
この小さな「いつもと違う箇所」がやがて大きくなり、この後、僕を絶望の底に叩き落とす事になる。
013
「ふふふ・・・こよこよ、今日は遅刻ね」
僕の婚約者・戦場ヶ原ひたぎはドヤ顔で僕にそう告げた。
「え、なんでだよ。約束の時間には間に合っただろ?」
「そうね。こよこよは約束の時間の5分前に待ち合わせ場所に来たわね。でも私が来たのはその25分前。」
「早いな・・・」
「私は25分も待ったわ。」
「いや、それでもひたぎが早く来たから・・・」
「私より遅く来るという行為が遅刻よ」
「ええ!横暴だ!」
ひたぎは「ふふ」と笑いながら僕の手を握る。
「冗談よ。行きましょう。」
お前の場合、冗談に聞こえねーよ。しかももし僕が30分前に来てたとしても・・・こいつの場合、その更に早くに来てそうで。僕は遅刻をするしかなくなる気がするぜ。
「ところでさ。ひたぎ。」
「なぁに?こよこよ」
こいつ何でデレキャラになってるんだよ。
「最近さ、どう?重し蟹とかとまた遭遇とかしてないよな?」
何気なく聞いてみた。別にそこまで気にしていた訳ではない。ただ何となく聞いてみた。確認したかった。来月、結婚するひたぎに、しがらみとかわだかまりとかが残っていないを確認したかった。
「・・・は?何それ?」
予想外の返事が返ってきた。ん・・・?とぼけてるのか?
「いやまた体重5キロとかになってないよなって事なんだけど・・・」
「ああ、なるほど。こよこよはそうやって私の黒歴史を掘り返すんだ。」
「え?」
「中二病は卒業したわ。体重がない設定ももう黒歴史」
「設定?」
何だ、こいつ。あの一連の騒動は黒歴史なのか?いやそりゃ恥ずかしいだろうけど。僕とお前がただの他人から友達になった日だぜ。それを黒歴史って・・・軽く傷つくな・・・。
「な、何だよ・・・そんなに掘り返されたくない事なのか・・・。じゃあ聞かないよ。悪かった。」
「ええ、分かってくれれば良いわ。」
そう言ってひたぎは歩を進めた。
014
その後、ひたぎと僕は家具や家電など、生活に必要なものを二人で見に行った。まだ買う訳ではなかったが、とりあえずどんなものがあるかを知っておきたかった。冷蔵庫も容量やブランドもしっかり考えたかったし、家具だってどうせ買うならオシャレなのが良い。僕はインテリアにもこだわる方なのだ。センスがあるかどうか別の話だけど。
015
後は、二人で服や雑貨などの買い物をして、映画を見て・・・とそんな感じで終わった。
普通に楽しめた。そして次の日。
神原の引っ越しを手伝った。僕が違和感に気づいたのはここだった。
016
「やぁ阿良々木先輩。久しぶりだな」
「おう、神原。久しぶり。最近会ってなかったよな」
元気いっぱい、露出もいっぱいの神原が僕を迎えた。神原とは、最近全くと言って良い程会っていなかった。お互い忙しいというのもだが、神原自身が僕に気を遣ってか、あまり連絡をして来なかった。後輩に頼られてこその先輩だと思っちゃってる僕は、神原から連絡が全く来なかった事が、少し寂しい気もしていた。
「さて、やるか・・・って思ったけど。何だよ。神原。ほとんど片付いてるじゃねぇか。」
引っ越しの手伝いだから、まずは散らかった書籍の片づけからだと覚悟していたのだが、意外にも神原の私物も含めた書籍などはすでに段ボールにまとめられていた。
「ああ、私もたまには自分で片づけないとな、と思っただけだ。阿良々木先輩には、荷物が入った段ボールを運ぶのを手伝って欲しいのだ。そして阿良々木先輩の車で私の新居まで運んでもらいたい。」
「ああ、それくらいいくらでもやるぜ。」
「恩に着る。」
そう言って僕は段ボールを持って車に向かう。神原も同じように段ボールを持って、僕と一緒に車に向かった。そして神原が段ボールを持った時、ふと神原の包帯をした左手に目がいった。
猿の手。悪魔の手。神原の左手には怪異が憑いている。もう害悪はなくただ在るだけの存在らしいが、それでも神原の左手は猿のような手になっている。
「神原・・・その左手は、まだ元には戻らないのか?」
僕は、確認をするようにそう言った。もしかしてそろそろ元の腕に戻ってるんじゃないかなぁ、と淡い期待をしたからだ。すると予想外の返事が後輩から返ってきた。
その返事は、僕を絶望のどん底に突き落とす序章になったのだ。
「元に、というか。この傷は一生消えないらしくてな。それだけの大怪我だったのだ。仕方あるまい。」
ん?こいつ何を言ってる?
「怪我・・・?なんの事だ?」
「ん・・・?どういう意味だ?この左手の怪我がまだ治らないのか?という質問ではなかったか?」
だからどういう事だ。怪我?
「いやいや、怪我ってのはお前が猿の手を隠す為のごまかしだろ?僕はその猿の手がいつ元の人間の手に戻るかを聞いたんだ。」
神原は抱えていた段ボールを下して、いよいよ不思議に首を傾げながらこう返してきた。
「いや、だから阿良々木先輩。これは私が部活中に何針も縫うレベルの大怪我を負って、医者から傷跡はずっと残ると言われたんだ。だからそれを隠す為の包帯だ。」
僕は頭の中が真っ白になった。昨日、ひたぎが言っていた事を思い出した。それに追い打ちをかけるように、神原はこう言ったのだった。
「猿の手とは何だ?何かの童謡か?」
僕は神原の肩をつかんだ。焦っているのが自分で分かる。
「神原!お前!ふざけんなよ!」
神原を押し倒す。そして包帯をほどく。
「な、なんだ!?阿良々木先輩!戦場ヶ原先輩との結婚を前に私の処女をもらってくれるのか!?」
不穏な事を言っていたが、そんなものは僕の耳には入らない。
「お前の左手は、猿の・・・」
包帯が全て取れる。包帯が取れた神原の手は、人間の手で・・・そして何針も縫ったであろう大きい傷だけが残っていた。
神原は僕に押し倒されて、何かを言っているが。僕の耳には入らなかった。