019
ゲートから出て、周りの景色を確認する前に、目の前のヒストリアを思いっきり蹴り飛ばした。ヒストリアは上空まで吹っ飛んだ。あたしも上空に飛んで、追撃の一発。彼女はすさまじい勢いで地面に落ち、その衝撃でグチャという音ともに全身がはじけ飛んだ。
「どうせ再生するだろうが、少しは時間稼げるだろ・・・」
着地してから、少し落ち着いて、辺りを見回す。見慣れた景色だった。
森と湖とそしてお城。ここはあたし達の家、阿良々木城だ。阿良々木城の入り口あたりで、先にゲートに入ったメンバーが、休んでいた。
「火憐ちゃん・・・大丈夫か?」
兄ちゃんが駆け寄ってくる。
「うん・・あたしは大丈夫だけど・・・おし・・・」
と言いかけた瞬間、臥煙さんが
「メメはどこだ?」
と不安そうな顔で言った。貝木がフラフラとしながら、
「死んだよ」
呟いた。
「は・・・?」
兄ちゃんが絶句する。影縫さんが貝木の胸倉を掴む。
「おんどれ、忍野くんを見捨てて来たんかい!」
貝木は、何も言わなかった。目には涙が溜まっていた。貝木も泣く事があるんだな。
「いえ、おじさんは・・・私を守ってくれたんです・・・貝木さんはすでにゲートに入った後だった。貝木さんは何も悪くありませんよ」
今にも途切れそうな声で扇さんが言う。
「・・・」
臥煙さんは、何も言わず、座り込んだ。涙こそ出ていなかったけど、完全に言葉を失ってしまっていた。
「忍野は・・・死んだのか・・・?」
兄ちゃんもまた茫然としながらそう言った。そう・・だよな。忍野さんは兄ちゃんの恩人だもんな。ショックなのは分かる・・・あたしも・・・いやあたしはあまり忍野さんとは接している時間は少なかったけど、それでもかなりショックだ。
「みんな、悪い。あたしがゲートに入る瞬間、ヒストリアに攻撃されて・・・あいつまでこっちに連れてきちまった。」
もう許せねぇ。あたしだって本気だ。怒りが溢れる。力が漲る。
「みんな、こっからはあたしに任せてくれ。」
もうこれ以上、仲間が傷つくのは嫌だ。
「火憐ちゃん・・・目が・・・」
月火ちゃんがあたしの左眼を指さす。
「左眼がヒストリアと同じ目になってる・・・」
兄ちゃんが続ける。どうやらあたしの左眼は、いつの間にかヒストリアと同じような黒い眼になっていたみたいだ。怒りが頂点に達するとこうなるのか?よく分からないけど、いつもより力が溢れているような気がした。
020
臥煙さんは言う。
―・・・ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレードは、吸血鬼の始祖だ。種族の原初。彼女がどうやって生まれたかは分からない。人々の思想や欲望から語られ、生まれ出るのが怪異だ。しかし「血を吸う、不死身の人間」という概念すらないその時代の人々が「吸血鬼」を語る事は難しい。故にどうやって生まれたかは分からない。何でも知っている私でさえ分からない。
「正体不明の私とは違いますか?」
と忍野扇は言う。
「正体さえ何とか見破れば、退治できるという事は?」
でも臥煙さんは断言した。無理だ、と。
―答えは簡単だ。彼女はくらやみを超越した。その不死性を以てして、この世の理さえも捻じ曲げた。すでに正体を見破れば、などという生易しいレベルではない。理を、摂理を捻じ曲げる・・・人間は長い歴史の中でそれに似た事はやってきた。
地面の方向に重力がかかるこの地球で空を飛んだ。
実体のない電波を利用し、ネットワークを確立した。
電気を運動力に変換し、あらゆる機器の源にした。
そうやって人間はあり得ない事をやってのけてきた。だが、でも。それでも理を無視はしていない。物理を無視していない。人間に、人間程度にできる事はそのレベルが限度だ。
物理を、摂理を、定理を、原理を無視して理を捻じ曲げる事ができるのは、神だけだ。怪異にもそれはいる。神と呼ばれる次元に達した存在は。だがそれは神を模しているだけだ。
長い間、語られ、奉られ、崇められ神になった。例えば八九寺ちゃんのように神に成った存在。しかしそれらは神には成ったが、神として在った訳ではない。あくまで神と呼ばれているだけ。条件を満たせなければくらやみに消されてしまう。
それを超越したヒストリアは、神次元。神そのものだと言って良い。だから阿良々木火憐・・・君も越えなければならない。君は、人望はあるが信仰はない。そう言った存在のし方ではないからね。信仰がないまま君も神次元に足を踏み入れなければならない。でないと、ヒストリアには勝てない―・・・
踏み入れてやるぜ。土足でも良いよな?あたしは兄ちゃんを、月火ちゃんを守る為なら、それを取り巻く環境を守る為なら、神だって超えてやる。
「火憐・・・」
兄ちゃんが駆け寄る。
「火憐ちゃん・・・」
月火ちゃんも。月火ちゃんは、心配そうな顔であたしを抱きしめる。そしてそんなあたしと月火ちゃんを兄ちゃんが抱きしめる。抱きしめて、
「仇討なんて僕は反対派だけど。でもそれでも。頼む。火憐。忍野の仇を取ってくれ。」
兄ちゃんは力強い瞳であたしを見つめながら、そう言った。
「任せろ!」
とあたしは一言、同じく力強い瞳で、かつ力強い口調でそう返した。
021
城から外に出て、少し歩いたあたしの前に、完全に再生したヒストリアが立っていた。
「よぉ。ヒストリア。」
ヒストリアは鋭い眼光であたしを睨み付けながら、何も言わずに突っ立っていた。
「あんたにもさ、色々あるんだと思う。大事な人の為に頑張ってきて、その事さえも忘れて、飢餓に苦しんで。それでも死ねない。・・・すっげー辛いんだと思う。」
辛さは分かる。いや理解できる。死にたくても死ねない苦しみ。月火ちゃんももしかしたらいつの日かそうなるのかも知れない、って思うと余計に。
「でもさ、だからって誰かを傷つけちゃ良いって事にはならねーとあたしは思うんだ。どんなに苦しくたって、どんなに辛くたって、それを誰かに押し付けて、傷つけて良い理由にはならねぇと思う。」
そうだ、自分の不幸を誰かに任せちゃいけない。誰かに投げちゃいけない。だって自分の不幸を誰かに投げたところで、その人じゃ解決できないんだから。自分が背負うしかないんだよ。
「分け合っちゃいけねぇ。分け合うのは感情だけ。悲しみや苦しみや、嬉しさや、気持ちよさや。その本質は自分だけで背負うべきなんだ。」
頼るのは良い。救いを求めるのも。
「でも背負うべきなんだ。自分で、自分が、自分の為に。・・・そして・・・大事な誰かの為に。」
気づけば横にヒストリアがいた。手を挙げて、攻撃の態勢に入っていた。今度は、ちゃんとあたしの眼にも見えていた。
「でもさ。」
あたしは彼女の爪があたしに触れる前に、彼女の腹に拳を叩きこんだ。
「がっ・・・!!」
血を吐いて、吹っ飛ぶ。
「今回だけ特別だぜ。ヒストリア、あたしがあんたの苦しみを背負ってやる。あたしが肩代わりしてやる!死ねない苦しみから助けてやる!だからせめて、あの世で!奪った命に謝れ!」
吹っ飛ぶ彼女に追撃。一発一発が大気を揺らす程の威力で攻撃する。ヒストリアは腕が千切れ、首が吹っ飛び、足がへし折れ、それでも瞬時に再生する。
「うる・・・さい!何が背負うだ!お前に私の何が分かる!?」
爪の一撃。次元が裂ける。否、空が裂ける。
「記憶がない。何も。私は何だ!?私は何故こうにも死ねない!!?」
ヒストリアが叫ぶ。そして爪の一撃。あたしは避けなかった。
「うるせぇ!!」
爪に対して、拳を振るった。すさまじい衝突音と衝撃が起きて、辺りの木々が吹っ飛んだ。
「!?な・・・」
ヒストリアが本気で驚いた顔を初めて見た。次元を裂く程の威力を持った一撃をあたしの拳で相殺した。
「うぉぉぉおおりゃあああああ!!」
そのまま殴り飛ばす。
「あ、やべ!」
ミスった。殴り飛ばしたは良いけど、城の方向に飛ばしてしまった。
ドンっという衝撃音とともに、ヒストリアが阿良々木城の入り口近くに墜落した。しかも間が悪い事に、その音に釣られて兄ちゃんが外に出て来た。
「!!?」
何て!本当に間の悪い兄ちゃんなのか!しかも兄ちゃんに釣られて月火ちゃんも!兄ちゃんはあたしと月火ちゃんはいつだって一緒の抱き合わせ販売とよく言ってるけど、兄ちゃんと月火ちゃんも大差ないからな!?抱き合わせ販売だからな?しかも兄ちゃんには必ずセットで忍ちゃんが着いてくる。故に忍ちゃんも外に出て来た。
「・・・・!」
再生し、起き上がったヒストリアと兄ちゃんの目が合う。
「ヒストリア・・・!!・・おわっ」
と兄ちゃんが瓦礫に躓いて盛大に転んだ。そしてそのままの勢いでヒストリアの方に倒れて、彼女を押し倒す。なんて兄ちゃんだ!
「・・・」
ヒストリアの上に乗った兄ちゃん。それを見つめるヒストリア。
「阿良々木ハーレムにメンバー追加か?」
臥煙さんが呟く。マジで!ここで!?この切迫した状況で阿良々木ハーレム!?とあたしが心で突っ込んでいると、兄ちゃんの頭上の瓦礫が崩れて、小さな破片が兄ちゃんの頭に直撃した。その反動で、兄ちゃんの顔が沈んだ。どこに?ヒストリアの唇に。
「はぁ!?」
「どこまでハーレム主人公やねん!」
臥煙さんの声と、京都弁の突っ込みが聞こえた。すげぇな。兄ちゃん。
「・・・・」
「・・・うわっ・・・!ごめん!」
兄ちゃんが彼女の唇から唇を離して、慌てて身体をどける。
「・・・・う・・・」
ヒストリアが呻いた。兄ちゃんが危ない!と思って、あたしは兄ちゃんの元に駆けつける。でもあたしが駆け付けたと同時くらいにヒストリアが頭を抱え、苦しみだした。
「うう・・・・」
そのまま倒れ込んで、苦しみ出す。
「ど、どうしたんだ!?」
兄ちゃんはそう言うが、あたしも分からねぇ。兄ちゃんのキスの力か!?
「お・・・にい・・・」
ヒストリアが何やら呟く。でもあたしにはそれを聞く余裕も、このチャンスを逃す余裕もなかった。
「どいてろ!兄ちゃん!危ないぜ!」
あたしは地面にうずくまってるヒストリアの顔面を思いっきり蹴り上げた。
「あ・・が!!!?」
ヒストリアが宙に舞う。そのまま重力に逆らう事もなく、あたしのすぐ近くに落ちた。再生しながら、ヒストリアは起き上がる。そして苦しみながら、やはり兄ちゃんを見る。
「うう・・・・」
そして隣の月火ちゃんを見る。最後にあたしを見る。あたしもしっかりと彼女を見据える。
「うう・・・あ・・・あ・・・あああああああああ!!!」
「な、何だ!?」
あたしから視線を逸らした瞬間、彼女は叫び出した。それは察するにひどい頭痛に襲われているような。頭を金槌で叩かれているような痛み。そんな痛みに襲われているような苦しみ方。
「ぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
022
すさまじい叫び声が大気を、いや世界を揺らす。それはもはや音の衝撃波のようなすさまじいレベルの大音量だった。その破壊力たるや、後ろの阿良々木城がビキビキとヒビ割れする程のものだった。そして彼女の悲鳴が収まる頃には、あたし以外の人たちは正直、立っているのがやっとってくらいの表情になっていた。
「はぁ・・・はぁ・・・」
少しフラフラとしながら、絶望した表情でヒストリアが手を挙げる。あたしは攻撃が来ると瞬時に判断し、ヒストリアの顔面に一撃を入れる。いや正確には一撃の後、逆からも一撃。そしておまけの一撃。とそこで、膝をついてる兄ちゃんが視界に入って、それが心配になり、ヒストリアから一旦距離を置き、兄ちゃんの所に駆け寄る。
「兄ちゃん、大丈夫か!?」
「・・・あ、ああ・・大丈夫だ・・・それよりヒストリアは・・・!?」
とその言葉で、あたしも兄ちゃんもヒストリアの方へ視線を向けた。
ヒストリアはフラフラと起き上がる。しかしさっきまでとは少し様子が違った。
「再生していない・・・?」
忍ちゃんが呟いた。そう、ヒストリアの顔面から血が流れて止まっていなかった。いや再生はしているが、さっきまでとは違い、再生に時間がかかっていた。それともう一つ、変わった所があった。
「・・・・」
血に濡れた瞳でヒストリアはあたしと、兄ちゃんと、月火ちゃんを見つめた。そして何と・・・彼女は・・優しく微笑んだ。
「!!?」
これにはあたしも含め3人が驚いた。さっきまであった禍々しさが完全になくなっていた。
「な、何だ・・・?」
そして彼女は・・・ヒストリアはしばらくその無邪気な瞳であたし達を見つめた後、真顔に戻り、右手をゆっくり掲げた。しかし、
「・・・!!」
掲げた右手が灰になって崩れた。次の瞬間、忍ちゃんが叫ぶ。
「火憐!再生限界じゃ!」
続けて、スーサイドマスターが
「倒すなら今だ!今ならヒストリアを・・・」
臥煙さんも混ざって三重奏の声で、
「殺せる!」
でもあたしは一歩が踏み出せなかった。それは先ほど見せた彼女の笑顔が脳裏に焼き付いて離れないからだ。さっきまで強く決意した事が揺らいだ。
殺さなきゃ・・・いけないのか?
と悩んでいるあたしの視界に入ったのは、もう片方の手で攻撃態勢に入るヒストリアだった。あたしは考えるより先に行動した。気づけば動いていた・・・というヤツだった。気づけばヒストリアに迫っていて、気づけば殴っていた。
ヒストリアはもちろん吹っ飛ぶ。今日は何度も吹っ飛ぶって使っているような気もするが、それ以上に良い状況に合う単語が見つからない。あたしの語彙力の低さはこの際、勘弁して欲しいぜ。
「・・・・」
ヒストリアは少し微笑み、爪で応戦する。次元は裂け、大気が揺れる。それでも、もうその攻撃であたしを傷つける事はできなかった。そしてとうとう攻撃しようとした彼女の手が灰になって崩れた。
「・・・!!」
ヒストリアは灰になる自分の腕を見つめたまま、くすっと微笑んだ。あたしはその瞬間を逃さず、手をとがらせて、ヒストリアの胸部を貫いた。
023
貫く瞬間、それは耳を撫でる風のように、優しくあたしの聴覚に届いた。
「火憐ちゃん。」
それはとても知っている声で、いつも身近にいるような声で、
「今度こそはちゃんと殺してね。」
と。
024
「がは・・・・」
ヒストリアが血を吐く。あたしの腕がヒストリアを貫通する。
「・・・」
ヒストリアは優しい表情をして、涙を流していた。
「な・・・何なんだよ・・・あんた・・・」
あたしは尋ねる。もうあたしは彼女を憎むべき対象として見る事ができなくなっていた。忍野さんを殺したのは、彼女だ。そして過去と現在、合わせて彼女は一体どれだけの命を奪ってきたのだろう。一体どれだけの数えきれないくらい夥しい程の命に死を与えてきたのだろう。
決して許されるべき事じゃないし、許しちゃいけない事だ。
でも。
「ヒストリア・・・あんたは一体何者なんだ・・・」
あたしは彼女の事を嫌いになれなかった。
「・・・」
ヒストリアは、微笑む。あたしの問いには答えずただ微笑む。あたしが貫いた胸部が灰になって崩れ始めた。
ふとヒストリアがあたしから視線をはずす。彼女が見ているのは、兄ちゃんと月火ちゃんだった。そして灰になりほとんどなくなった腕を伸ばす。まるで彼らを掴むように。
腕は完全に崩れ落ちた。そこで、彼女は再びあたしに視線を戻す。もう顔にもヒビが入り、崩れかけていた。
「・・・・ヒストリア・・・」
あたしは悲しくなって、やりきれなくなって、呟いた。何故か涙が流れていた。涙の理由は分からない。でも温かかった。
「あり・・・が・・と・・・う」
と聞こえた気がした。気づけば彼女の身体は灰になり、風に乗りそのまま消えて行った。始祖として存在し、ずっと望んでいた死を、とうとう彼女は・・・ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレードは叶えたのだった。
あたしの後ろでは兄ちゃんが切ない表情で立っていて、横では月火ちゃんが大粒の涙をボロボロと流していた。
025
後日談、というか今回のオチ。
まずスーサイドマスターは母国に帰った。
「まぁ、何というか。良かったよ。ヒストリアのあんな笑顔、俺様はあいつと初めて出会った頃、その時の笑顔くらいしか見てない。おそらく最後に記憶が戻ったんじゃねぇのかな?きっと幸せだったんだろうよ」
と自分の主の死を満足気で語って、城を後にした。
臥煙さんと、貝木、影縫さんは、少し浮かない顔だったが、すでに立ち直っていた。
「まぁメメの事だ。その内、霊体でひょっこり現れるだろう。
と、臥煙さん。
「夢に出てきそうだ。うんざりするぜ」
と、貝木。
「まぁ元々幽霊みたいにフラフラしたヤツやったからなぁ」
と、影縫さん。
三者三様の意見を言って帰っていった。帰り際に臥煙さんが、
「火憐さん。神次元のヒストリアを倒した君もまた・・・神次元の怪異となった。これから大変になるだろうけど、私たちはできる限りのサポートをするよ。今回はありがとう、助かった」
と深くお礼をして、あたし達の安全を約束してくれた。
「あれぇ?浮かない顔ですねぇ、火憐ちゃん」
扇さんだった。忍野さんが死んですごく落ち込んでるんだろうな・・・。
「いえいえ、私は落ち込んでなどいませんよ。私は怪異なので、おじさんが幽霊になれば別にいつでも会えますしね。そう考えると涙を出したくても出ませんよ。」
と少し作りめいた口調で言う彼女の瞳は赤く腫れていた。
026
「 結局、吸血鬼とは何なんじゃろうな?」
吸血鬼の忍姉さんが言った。
「儂が言えた義理ではないが、スーサイドマスターを吸血鬼にしたのがヒストリアじゃったら、そのスーサイドマスターに吸血鬼にされた儂もまた・・・ヒストリアの眷属であり、我が主さまも、うぬらも元を正せばヒストリアの眷属じゃ。始祖とはよく言ったもんじゃ。この物語はヤツから始まったと言っても罰は当たらんじゃろうよ」
始まりにして、始祖の吸血鬼。どうやって生まれたか分からない。どこから来たのかも分からない。吸血鬼はどうやって生まれたのか。
「まぁ・・・何にせよ、儂らはここに在る。それだけじゃな」
と忍ちゃんはそう締めくくった。まだまだ謎が残る。あたしには到底分からない。
「さて、ドーナツでも食うかの。腹が減って、それこそ飢えそうじゃ」
「ドーナツで凌げる飢えってなんだか平和だよな・・・」
あたしが呟く。
「そう言うでない。毎日、血ばかりじゃ飽きる。むしろ逆でも構わん。毎日ドーナツでたまに血」
「吸血鬼か・・・・?それ」
「かかっ。」
と忍ちゃんは明るく微笑んだ。
こうしてヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレードとの戦いは終わった。この後、あたしは色んな怪異と戦う事になる。しかしヒストリアを超える怪異と出会う事は最後の最後までなかった。
027
忍ちゃんと話した後、食堂でご飯を食べる月火ちゃんに出くわした。
「火憐ちゃん」
「ん?」
「私は最期、どうなるんだろう?」
しでの鳥と吸血鬼、二つの不死性を宿した月火ちゃん。比べる事はできないけど、おそらくヒストリアと同等レベルの不死力を持っている月火ちゃんは、不安そうにそう言った。
「私はいつまで生きるんだろう?ヒストリアは死ぬ事を望んでいた。死にたくて、死にたくて、それでも死ねなくて。そうなると、私はどうなるんだろう?死にたいって思う日が来るのかな。」
「うーん、それはつまり月火ちゃんに生きる意味がなくなる日がいつ来るだろうって事か?」
「うん、まぁそうなんだけど・・・そんな日が来るなんて私は思いたくないけど・・・もし来たら、私は死にたいと思う。そしてその時、ちゃんと死ねるのかな。」
そんな事はあたしには分からなかった。だから今月火ちゃんが心から安心できるであろう解答をあたしは持ち合わせていない。でも。
「最期か・・・うーん。月火ちゃんの最期はあたしには分かんねーし、月火ちゃんが死にたくなるような日が来るかも分かんねーけど・・・あたし自身の最期なら分かるぜ。」
「え、どういう事?」
あたしは、月火ちゃんの肩を持ちぎゅっと抱き寄せてから、月火ちゃんの頭をそっと撫でて、
「兄ちゃんと、忍ちゃんと、そして月火ちゃんの4人で幸せに終わりを迎えるんだ」
と笑顔で言った。月火ちゃんは落ち着いた表情で、
「そっか・・・」
とあたしに寄りかかり、
「ありがとう」
と目を閉じて、そう呟いた。100点じゃないけど平均点は取れる解答だろうか。
028
「やぁ、カレンダー、調子はどうだい?」
そうあたしを呼び止めたのは、よっちゃんだった。忍ちゃんと遊んでいるのか、何故か服装が吸血鬼のようにマント姿になっていた。正直、恐ろしい程似合っていない。
「まぁ、上々かな。」
「上場?どこの証券会社に上場するんだい?」
「あたしは株式会社じゃねーよ。」
漢字違いだ。
「何を上乗せするんだい?」
「上乗!?分かりにく!そしてよく気づいたな、あたし・・・」
もはや活字にしないと分かんねーよ・・・。
「まぁ冗談はこれくらいにして、カレンダー。今回の敵はどうだった?」
「敵・・・じゃないよ」
「?・・・敵じゃないくらい弱かったって事?」
「いやいやそういう事じゃない。強さなら最強だった。でも敵として彼女を見るのは何か違うんだ。」
疑問に思っているのかも分からないような相変わらずの無表情のままよっちゃんは首を傾げた。
「じゃあ、何だって言うんだい?ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレード・・・カレンダーにとって彼女は何だって言うんだい?」
そんなのあたしが聞きてーよ。むしろ本人に聞いたんだぜ。死ぬちょっと前に。でも笑顔で返された。それが答えなのかも分からないし、そもそもあたしの話を聞いていたのかも分からないけど。
「そうだなぁ・・・」
首を傾げるよっちゃんに、あたしは笑顔でこう返す。
「あたしは家族と出会って、家族の望みを叶えたんだよ。」
「家族・・・?それは元を正せば全ての吸血鬼が彼女の眷属だから?」
「そういうのじゃねー。あ、いやそれもあるにはあるんだけど・・・」
そう、そういった格式ばった事を言ってるんじゃない。誰が誰の主で、誰が誰の眷属で。そんなのあたしはどうでも良い。あたしはあたしで、ヒストリアはヒストリアだ。
「うーん、何て言うのかなぁ・・・」
あの吸血鬼の。狂気に満ちた吸血鬼の、邪気の欠片もない笑顔を見て、その笑顔を守りたくなったんだ。
「あたしは、家族に出会ったのさ。同じ次元に立って笑いあえる家族に」
「・・・よく分からないけど、それは良かったね。後腐れもないようで、何より。」
よっちゃんは最後までよく分からないと言った雰囲気だったが、それならそれで・・・と納得したようでそれこそ後腐れなくその場を去って行った。正確には忍ちゃんが来て、よっちゃんを連れ去って行った。
029
あたしは吸血鬼だ。元人間の吸血鬼だ。
化物で、人外で、妖怪変化の類だ。
でも、それでも大事なものは変わらない。兄ちゃんで、月火ちゃんで。そして彼らが生きるこの世界が、彼らが好きなこの世界が・・・あたしは好きだ。
ヒストリアはどうだったんだろう?
彼女が生き返らせようとした存在。それはきっとあたしにとっての家族のようなもの。
彼女が取り戻したかったもの。
彼女の笑顔、涙。
「今度こそちゃんと殺してね」
と彼女は言った。私がヒストリアを殺すのは今回が初めてで、今回が最後のはず。でもその言葉にはどこか懐かしさがあった。誰かと勘違いしているのか、何だか分からないけど、ようやく私は彼女を殺してあげる事ができたのだ、と思った。
きっと出会い方さえ違えば、あたしとヒストリアはきっと仲良くやれていただろう。彼女の守りたいものと、あたしの守りたいものの根本は一緒だからだ。手と手を取り合って、生きていけただろう。きっと兄ちゃんや月火ちゃんも理解してくれる。
この城の食堂に、阿良々木家の食卓に、すっぽり収まって馴染んでいた事だろう。
それくらいにあたし達は似ている。
彼女の守ろうとした世界はもうないのだろうけど、あたしの守ろうとした世界は、きっと彼女の世界に繋がっている気がする。
あたしは好きだ。この世界が。ヒストリアの生きたこの世界が。
時は進む。歴史を刻む。幾度となく太陽と月が巡る。
あたしは生きる。兄ちゃんと、月火ちゃんと、忍ちゃんと、たくさんの大事なものを連れて。
終わり