ひたぎキャット

突然だけど、捨て猫ってどう思う?

 

あら、自己紹介がまだだったわね。私は戦場ヶ原ひたぎ。さて質問に戻るわ。え?自己紹介が少ない?十分よ。この世界はね、名前があれば生きていけるのよ。

でもあえて自己紹介をし直すなら、私は直江津高校3年生、戦場ヶ原ひたぎよ。よろしく。

 

質問に戻るわよ。私が質問したい事は一つ。いえ人生を顧みて試みたい質問はたくさんあるけれど、それでも今、私がしたい質問一つ。

 

捨て猫ってどう思う?

道を歩いていて、道の端に段ボールが置いてあって、その中に子猫がいたら、どうするかしら?

拾って持って帰る?

可愛がって段ボールに戻す?

そのままスルーする?

私なら当然、そのままスルーするわ。・・・何よ。我が家に猫を飼う余裕はないのよ。それに猫は羽川さんで十分。下手に気遣って障られても嫌だしね。

そんなクールな私、戦場ヶ原ひたぎはある日、そんなシチュエーションに出会ってしまった訳よ。でも実際、そんな場面で立ち会うと。いつも通りに振る舞えないものね。そうね、小心者・・・臆病者だと罵ってもらって結構よ。

 

「あら?」

学校の帰り道。道端に置かれた段ボールを見つけて私はそう呟いた。これはもしかしてと思って、もう少し近づいてみると案の定、その中には白い子猫がいた。

「・・・」

私は段ボールの前で立ち止まり、しばらく猫を眺めた。猫は「にゃあお」と鳴き、私の方をずっと見つめている。

「・・・」

か、可愛いじゃない・・・私は不覚にも猫に対してそんな感想を思ってしまった。触りたい。正直、もふもふしたい。

私は首を横に振る。触ってしまったら持って帰りたくなる。我が家に猫を飼う経済的余裕はない。私はしばらく猫を眺めた後、「ごめんなさいね」と呟いて、その場を後にした。

「・・・」

でも猫の事が気になってしまった私は、曲がり角に隠れて、その様子を伺う事にした。誰かあの子を拾ってあげないかしら・・・とそんな事を思ったのだ。冒頭であれだけクールなキャラを演じた私だけど、今となっては猫の未来が気になって仕方がない。これで何日か後に猫が飢え死にしていたら、ひょっとして私のせいじゃないのかしら?と罪悪感に駆られてしまう事は必至だった。

助けてあげたいけど、助けてあげられないもどかしさに悶えていたら、そこに人影が現れた。

普通に学校帰りの学生だった。その子は私と同じように猫の前で一瞬立ち止まったものの、結局何もせず通り過ぎて行った。そんな感じで何人か人は通った。中には猫を抱き上げる人もいたが結局持ち帰る人はいなかった。

「ま、こんなものよね・・・世間って」

とため息をつき、私も帰路に着こうとした瞬間、また人影が現れた。またどこぞの学生か、会社員かそこらへんのありふれた人間なのでしょう、と思いながらも私はその人影の方をこっそり見る。

「え・・・」

しかし、その人物があまりにも意外で、私は唖然とした。

不吉の象徴とでも言える彼は、私がすさまじく嫌いな人間だった。

「貝木・・・」

そう。詐欺師・貝木泥舟。捨て猫の前を通ったのは彼だった。まずまだこの街にいた事に腹が立った私は、カバンの中からコンパスを出して武装体制を取った。私が隠れている曲がり角まで来たらぶっ殺してやる・・・という勢いだった。

 

幸い向こうはまだ気づいていない。奇襲攻撃で・・・と私が攻撃準備をしていた瞬間、貝木が猫の前で一瞬立ち止まった。しかしすぐに動き出す。

「・・・」

まぁ、そうよね。そうだわ。貝木だもの。そうだわ。と一人で勝手に納得する。

「・・・!」

しかし。段ボールを通り過ぎて、5、6歩歩いた貝木だったけど、何故かその歩みを止める。そしてそのまま5、6歩後ろに下がった。そして段ボールの前でピタッと歩を止める。

「え。うそ。」

私は人間の屑のような貝木が猫に対して何をするか気になって、凝視する。目を凝らして見るとはまさにこの事だと思う。

「・・・」

貝木は、しばらく猫を眺めた後、何とそこにしゃがんで、猫を抱き上げた。

「お前、一人か。大変だなぁ。」

マジか。あいつ。猫に喋りかけてる。

「全く酷い事をする。猫だって立派な命だ。それを軽んじて、こんな仕打ちをするとは。」

貝木は猫の頭を撫でる。いやシュール過ぎるわ。何これ。コントかしら?私はあまりのシュールさに衝撃を受けつつこのままどうなっていくのか先が気になって、その場を傍観する事にした。

「こんな事をするくらいなら、まだ人からお金を騙し取った方が健全だなぁ」

などと貝木は呟く。いや健全じゃないわよ。何言ってるのよ。あいつ。いやもちろん猫を捨てる事も不健全だけども。

貝木は猫を撫でて、それに対して詐欺の価値観を説いた後、猫を段ボールに戻した。そしてその場を去る。ああぁやっぱり。そりゃあ貝木だものね。猫を助けたりはしないわよね。期待した私が馬鹿だったわ。

 

そもそもあいつがそんなボランティアみたいな事をするはずがないのよ。ありえないわ。本当虫唾が走る。まぁ今回ばかりは猫を助けられない私も私だし、貝木の事をあまり下には見られないのだけれど。むしろ猫に触りもしなかった私は、今回の件にだけ限れば貝木以下なのかも知れない。それはもう・・・自殺したい気分だわ・・・。などと自己嫌悪に浸っていたら、

「え・・・?」

私は信じがたい怪異現象のようなものを目撃した。何と・・・貝木が戻ってきたのだ。しかも手にコンビニのマークが入ったビニール袋を持っている。

「う・・そ・・・」

更に天変地異のごとき衝撃が私を直撃した。貝木は段ボールの前に座り込み、ミルクと猫缶を取り出した。しかもご丁寧にミルクを入れる容器まで買ってきている。

「飲め。お前に限り特別だ。おごってやる」

と猫にそう呟き、貝木は容器にミルクを入れ段ボールの猫に差出し、更に猫缶を開封し、それも猫に差し出した。

「にゃあお」

と猫は嬉しそうにミルクを舐め、猫缶を頬張る。その猫の頭を貝木は優しく撫でて、

「そうか、上手いか。それは良かった。」

などと言うものだから、私の心は真っ白になった。何だこの悪夢。いや私にとっての。あれ、貝木?貝木の変装をした阿良々木くんじゃないの?

「あ・・・」

あまりの衝撃に私は、手に持っていたコンパスを落としてしまった。カランという音が静かな道に響き渡った。当然、貝木はその音に気付く。

「あ・・・?」

音のした先を貝木は見る。そこにはもちろん私がいた。

「・・・」

「・・・」

私も貝木も黙り込む。

「・・・」

「・・・」

え。何これ?何これ?私が悪いの?私がダメなの?めちゃくちゃ気まずいんだけど。

「・・・この猫は金になる。この猫を素材に詐欺を・・・」

「え、いや無理よ。無理があるわ。捨て猫が金になる訳ないじゃない」

「・・・」

「・・・」

再び黙った貝木は、

「三毛猫の雄は高く売れるからな。この猫は・・」

「その猫、三毛猫じゃないわよ。」

どう考えてもただの白猫だ。

「・・・」

再び黙る。

「・・・よし、分かった。忘れよう。戦場ヶ原。お前は何も見なかった。」

「・・・ちょっと待って。貝木。大丈夫?あなたの事を心配するなんて地球が消滅してもあり得ないのだけど、それでも言わせてもらうわ。あなた、精神病院に行った方が良いわ。」

私は本気でそう思った。いやそうであって欲しい。詐欺師・貝木泥舟が捨て猫に優しくするなんてあってはならない。

「失礼だな、お前。俺だって猫くらいには優しくするさ。猫から金をぶん取ろうなどと考えない。」

貝木が焦っているように見えた。貝木の現状は有り得ない事なのだけど、焦っている貝木を見るのは気分が良かった。

「いいわ。貝木。その猫に免じて、まだこの街にあなたがいた事は見逃してあげる。」

「ふん。それは助かる。では失礼する。」

と貝木は猫の段ボールを抱えた。

「え、貝木。嘘でしょあなた。その猫持って帰るもりなの?」

「バカを言え。そんな訳ない。猫の里親を探す施設に持っていくだけだ。」

いやいや。まず貝木がそこまでする事が有り得ないんだって。世界が滅ぶレベルで有り得ないんだって。やめて、貝木。世界を滅ぼさないで。

「そこまでやる義理はあるの?」

「・・・まぁ・・・ないな。」

「じゃあ、なんで・・・」

「戦場ヶ原。俺はな。金が好きだ。だがな命も大事じゃない訳でもない。こうやって何の罪もない命を平気で捨てる人間に俺はなりたくないだけだ。」

「いやあなたがその猫を捨てた訳じゃないでしょ?」

貝木はため息をついた。あからさまに「これだから子供は」と言っているみたいでイラッときたけれど、ここは我慢した。

「戦場ヶ原。助ける側と助けられる側がいて、助けられる側にとって。自分を助けてくれないものは、等しく加害者だ。」

「・・・」

「分かるか。クラスでいじめがあったとして。いじめっ子といじめられっ子とそれを傍観する人間がいる。傍観する人間といじめっ子は違うと思うだろうが、それは傍観する側の理論だ。いじめられっ子にとって、自分を助けてくれないのなら、いじめっ子も傍観者も等しく加害者なんだよ。」

「・・・」

私は黙って聞く。貝木が言っている事に納得してしまっている。

「分かるか。俺はな、戦場ヶ原。命は大事だ。生命保険、臓器提供よろしく命は金になる。そんな命を粗末に扱うような加害者に・・・俺はなりたくないんだよ。」

と淡々と貝木は言った。つまりその捨て猫にとっては、自分を拾ってくれない人は全て、自分を捨てた人間と同じに分類される訳だ。なるほど。筋は通っている。

「まぁお前もそんな人間にはなるなよ。さらばだ、また会おう」

と言い残し、猫の入った段ボールを抱えたまま貝木は去って行った。そこには私一人が取り残された。そして何とも言えない気持ちだけが残った。

 

助けないなら、加害者。なるほど。確かにそうなのかも知れない。被害者にとっては自分を助けてくれる存在だけが、救世主で。それ以外は全て敵なのだ。

 

貝木のくせにたまには良い事を言う。いやただの現実の話なのかも知れないけれど。詐欺師らしいと言えば詐欺師らしい。誰でも被害者と加害者どちらにでもなれる世間で、私はどちらに回る方が幸せなのか考えようと思った。

 

それが。今回の件から私が得るべき教訓よ。

 

終わり