歴物語

ひすとりあディスイリュージョン 中編

 

011

 

ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレード。

 

通称・始まりの吸血鬼、始祖の吸血鬼。

物語は彼女から始まった。吸血鬼という怪異の始まり。

 

彼女がデストピア・ヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスターを吸血鬼にして、そのスーサイドマスターがアセロラ姫を吸血鬼にした。そしてキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが阿良々木暦を吸血鬼にし、その血を飲む事で、阿良々木火憐は吸血鬼になった。そしてあたしが血を吸う事で阿良々木月火を吸血鬼にした。

一連の継承の始祖。始まり。原初。

それがヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレードだ。

 

―歴史をなぞる、月の弾丸、刃の下に心あり。

 

古の怪異の王。神次元に足を踏み入れた存在。

 

012

 

次の日、あたし達は海外へ向かう。向かうはルーマニア。総勢11人で海外旅行。いや旅行ではないんだけど、何だかワクワクしてしまう。

 「・・・」

飛行機の中、くじ引きであたしは貝木の隣になってしまった。後ろで兄ちゃんの隣になった月火ちゃんは、兄ちゃんの腕に抱きつき兄ちゃんとイチャイチャしていた。くそ!代われ!月火ちゃん!

「・・・」

貝木はアイマスクをして寝ていた。その堂々とした寝姿にイラっとして、割と本気で貝木の腕をつねった。

「いっ・・・たいな!お前!何するんだ!」

アイマスクを外しながら身体をくねらせた。あ、これマジで痛かったリアクションだ。

「おお・・・」

意外なテンション。

「お前、自分の力を弁えろよ。その馬鹿みたいな怪力で俺の腕をつねるな。下手すれば俺の身体ごとねじ曲がるだろうが」

「あ、いや。悪気はなくて・・・ごめん、ごめん!」

あくまで敬語は使わない。でもそれなりに申し訳ないと思っているのでちゃんと謝った。すると後ろで

「くすくす、泥舟。あんな一面あるんだな・・・」

と、臥煙さんの笑い声が聞こえた。もちろん貝木も気づいたようで。イライラしながら再びアイマスクを装着し、

「くだらん・・・」

と再び眠りについた。もう一度つねってやろうかと思ったけど、さすがに勘弁してやった。

横向いの席では、忍野さんと扇さんがトランプをしていた。二人でババ抜きって面白い?

「うーん・・・これだ!・・・はっ!」

悩んだあげく忍野さんはジョーカーを引いたようだ。

「はっはー。おじさん、引っかかりましたね。私の罠に。さーて・・・これだ・・・はっ!」

対する扇さんは忍野さんからジョーカーを引かされたようだ。

「はっはー。甘いね。姪っ子ちゃん」

お互いに策士タイプ。ジョーカーの引き合いだった。これゲームが進まなくね?まぁまさにババ抜きだけども。ババだけを抜くゲームになっているけど。ジョーカーがもう1枚ない限り、終わらないババ抜きだけどな。

その後ろの席ではよっちゃんとスーサイドマスターがしりとりをしていた。

「俺様。」

「ま、マザコン。あ、いやマザーコンプレックス」

「す・・・酢。」

「す・・・スイス。」

「す・・・スス。」

「ス・・・スイス・・あ、やべ。」

ついにはよっちゃんが同じ単語を出して負けていた。正確にはよっちゃんてば、「マザコン」で「ん」がついてすでに負けていた気もする。そして何だ?この「す」縛り。すごいけど・・・。

二人の怪異がしりとりをしているその後ろの席は、何かもう色々とやばかった。

「じゃんけん、ぽん!・・・あっちむいてホイ!」

「じゃんけん、ぽん!・・・あっちむいてホイ!」

忍ちゃんと影縫さんのまさかのあっちむいてホイ。しかもあっちむいてホイの度に首がグキって音を奏でる。どんだけ勢いのあるあっちむいてホイだよ!それか指の風圧で首が曲がってるのか!?

ふと気づく。あたしの席だけ異様に静かだ。隣の貝木が寝てしまったせいに違いない。ちくしょう。起きろよ。貝木。しりとりでもしようぜ。

「・・・」

あるかどうか分からない念波を送ったところで貝木は起きない。回りが余計に賑やかに聞こえた。あたしは何だかワクワクが抑えきれないような衝動に駆られて、「えい」と、再び貝木の腕をつねった。

「うぉおおい!?・・お前、いい加減にしろよ・・・!」

貝木が飛び起きた。もう普段のギャップから考えて、面白すぎるだろ。こいつ。

「なぁ、しりとりやろうぜ」

「断る」

「じゃああっちむいてホイは?」

「やらん」

「じゃあ・・・」

「何もやらん。何故、俺がお前と遊ばないといけないんだ。お前も寝とけよ。現地着いたらお前頼りになる可能性が高いんだからな。」

貝木は面倒そうな顔でそう言う。心底迷惑そうな表情だ。

「なぁ貝木」

「なんだ、阿良々木」

「ヒストリアは誰を生き返らせたかったんだろう?家族かな?」

あたしも焼きが回ったのだと、そう捉えてもらって良い。貝木にこんな話をするなんて。でも貝木は合理主義だ。そんな貝木だからこそ出せる答えがあるかも知れない。

「知らん。」

あっけない一言だった。こいつに聞いたあたしが馬鹿だった。と諦めて話を止めようとした時、貝木が言葉を続けた。

「ただ・・・大事な人だったんだろう。もう1度会いたいと思えるような」

「恋人・・・かな?」

「さぁな。それは知らん。だが恋人よりも愛していて、家族よりも大事な何か、だろう。」

「そうか・・・」

その「何か」は、あたしにとっては兄ちゃんであり、月火ちゃんなのだろう。

「俺は、金が好きだ。命よりな。」

「初対面の時に聞いたよ。」

今度はあたしが面倒そうな顔でそう言った。あたしが貝木と初めて会った時、こいつは同じセリフをあたしに向けて言った。

「だがな、阿良々木。金は取り返しがつくものだ。代えが利くものだ。」

「・・・?」

「俺は・・・金は大事だが・・・命が・・取り返しがつかない事だって事は知っている。」

「命は・・取り返しがつかない」

「そうだ。命は取り返しがつかない。どれだけ大事な存在だろうが、取り返しがつかないから大事なんだ。掛け替えがないから、大切なんだ。それが生き返ってしまうなら、取り返しがついてしまうなら。それはもう大事な存在じゃないんだよ」

あたしはその言葉を噛みしめた。詐欺師の話を。そうか・・・取り返しがつかないから大切なんだ・・・。

貝木は言いたい事だけ言って再び眠りについた。あたしは貝木の言葉を思い返す、ヒストリアが過去にやった事は・・・望んだ気持ちは分かる。あたしだってもし兄ちゃんと月火ちゃんを失ったら、同じように彼らを望むだろう。でもその為に出した犠牲は許せねぇ。でもそれしか方法がないんだったら・・・あたしはヒストリアとどう戦えば良いんだろう。

ちょうど、まだ会った事もない吸血鬼に思いを馳せて、陶酔するあたしを乗せた飛行機が、目的地に到着しようと着陸準備を始めた頃だった。

 

013

 

ルーマニア。吸血鬼伝説と言えば、串刺し公・ヴラド・ツェペシュで知られるルーマニアの吸血鬼伝説だろう。獲物を串刺しにして食べる事から串刺し公という通り名がついた。忍ちゃん曰く「なかなかの強いヤツだった」との事。最期は専門家に串刺しにされ死ぬという通り名にふさわしい死に方をしている。しかも実は良いヤツで、死んでから英雄と呼ばれたらしい。悲しいな。

今思えば、そのヴラド公さえもヒストリアから派生した眷属なのかもね、と臥煙さんの談だった。

 

飛行機から降りて、あたしらはすぐに消えた町に向かった。

街はたしかにめちゃくちゃだった。家屋は崩壊していたり地面が抉れていたり・・・吸血鬼が暴れたというよりは何かもっと粗暴なヤツが暴れたような感じだった。

「こりゃあ・・・ひどいね」

忍野さんが一言。無理もない。まだ町民の死体が転がっており、血の匂いが蔓延していた。

「なんて酷い事を・・・」

兄ちゃんも少し怒ったような雰囲気でそう呟いた。まぁあたしも同じ思いだぜ。

あたし達はそのまま町道を進み、どんどん奥へと向かう。奥に進むにつれ血の匂いも強くなり、それに加えて「何かヤバい」っていう説明しづらい感覚も強くなった。

ふと臥煙さんが立ち止る。そこは森への入り口だった。看板には丁寧に現地の言葉で「熊が出ます、立ち入り禁止」という文字。

「・・・こっちだな・・・」

スーサイドマスターが同調する。

「懐かしい匂いだ・・・」

あたしたちは森の奥へと進む。どんどんヤバい空気が濃くなる。あまり耐性がない兄ちゃんと扇さんは、冷や汗をかいていた。

「阿良々木先輩、ちょっとこれ私たちにはキツくないですか?」

「ああ・・・やばいな・・・息もしづらい」

扇さんは上級怪異だけど、他の怪異に対する耐性は兄ちゃんと大して変わらない。特に吸血鬼は扇さんにとっては弱点のようなものでもあった。

嫌な空気はどんどん濃くなる。でも歩く。ノイズが聞こえる。まるで全然映らないテレビの砂嵐のようなノイズ。笑い声が聞こえた。悲鳴も聞こえた。おそらく幻聴なんだろうけど、やけにリアリティーのある声だった。森はざわついて、大気が揺れている。

 

014

 

数十分歩いて、開けた場所に出た。その一帯は木々が軒並み倒されていて、見晴らしだけは良かった。でもそこには夥しい数の死が広がっていた。

「マジかよ・・・」

兄ちゃんが絶句する。

「現地の専門家か・・・」

貝木が続ける。そしてあたし達は見つけた。花畑のような死体の中心に彼女はいた。座っていた。座って死肉を喰らっていた。

「あれが・・・」

臥煙さんが武器の刀を抜く。夢渡のレプリカだ。

「ヒストリア」

忍野さんも臨戦態勢に。

「ムーンバレッド」

影縫さんも腰を低くして構える。

「ハートアンダーブレード」

自分の名の一部を呟き、忍ちゃんが心渡を抜く。あたしも臨戦態勢を取る。そしてふと月火ちゃんの方を見ると、月火ちゃんが涙を流していた。

「!?・・・どうしたんだ?月火ちゃん」

驚いたあたしは、臨戦態勢を解いて、月火ちゃんに駆け寄った。一方、スーサイドマスターが、

「とりあえずは俺様が話す。お前らは少し待ってろ」

と一人、ヒストリアの方に歩いて行った。あたしは号泣する月火ちゃんを心配する。

「何で、泣いてるんだ!?月火ちゃん。」

「わ、分からないよ・・・何か悲しくって・・・彼女の・・・ヒストリアの纏う雰囲気が・・・」

「・・!?」

全然分からない。とりあえず月火ちゃんの頭を撫でながら、慰める。兄ちゃんも月火ちゃんを心配して、駆け寄ってきていた。あたしと兄ちゃんで月火ちゃんを抱きしめる。でも次の瞬間、

ぐちゃ、と音がしてヒストリアと話していたはずのスーサイドマスターの腕が吹っ飛んだ。スーサイドマスターはすぐにその場を離れ、あたし達の所に戻ってくる。 

「ダメだ。あいつ、俺様の事忘れてやがる。それどころか自分の存在さえ忘れてるみたいだぜ」

「飢餓による記憶喪失か・・・?」

後から分かった事だけど、臥煙さんのこの考察は当たっていた。飢餓による記憶喪失。彼女は自分が何であるかを忘れていた。そして彼女は自分の目的すらも忘れていた。何故か覚えていたのは、自分の名前と力の使い方だけ。そして途方もないくらいの餓え。餓えた獣・・・なんて生易しいもんじゃなかった。それは絶望の化身。魔界があるとすれば、魔界の王が餓えに苦しんで、我を失ったような禍々しさ。

そして食べるのを止め、ゆっくりと立ち上がり、血が滴る口を彼女は開いた。

 

015

 

「誰だ?」

重い声が響く。

「私の名は、ヒストリア。ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレード。それ以外は知らない。あなた達は何者だ?目覚めてから思い出せない事があるんだ。思い出せてくれるのはあなた達?」

顔をこちらに向ける。そこにいる全員が彼女の顔を見て驚いた。そう、ヒストリアは・・・月火ちゃんに似ていた。月火ちゃんがグレて、パンクになった感じだろうか?

「・・・」

未だに涙が止まらない月火ちゃん。ヒストリアを見て、更に涙が増えた気がする。ヒストリアも月火ちゃんと目が合う。その瞬間、ヒストリアも片目から涙が流れた。彼女の眼は、片目は普通の眼だが、もう片方が黒く染まっていた。まるで目が充血してそのまま黒い血が溜まったような。その黒い眼から血の涙が流れた。

この2人には何か関係が?とそこにいる全員が思ったが、そこから先は考える事ができなかった。

「思い出せてくれないのなら、死ね」

と一言、ヒストリアの姿が消えた。そして次の瞬間、あたしの身体から血が噴き出した。

「な、な、なっにぃ!?」

これはあたしの声だ。全く反応ができなかった。妖刀・心渡でも切れないあたしの肌から血!?

「一番強いであろうやつから叩く。優秀だな。」

臥煙さんと忍ちゃんが、刀を抜いて切りかかる。妖刀・心渡と夢渡の共演だ。あたしが地面に倒れるまでに、ヒストリアは長く鋭く尖った爪で二人の刀を受け止めた。そしてあたしが地面に倒れた時、何とその爪は空間を切り裂いた。

「なっ!!?」

空気が切れた。目に見えるレベルで切り裂かれた。臥煙さんの刀は真っ二つに割れて、臥煙さんの身体も少し切れた。忍ちゃんは足が吹っ飛んだ。臥煙さんと忍ちゃんが血を流し、後ずさった瞬間、ヒストリアの後ろから影縫さんが一撃、拳を入れた。

「がはっ」

と、影縫さんの拳はヒストリアの胸部を貫通した。だが彼女は禍々しい笑顔を見せると、自分に刺さっている影縫さんの腕を掴みそのままへし折った。

「ぐうぅぅ・・!」

影縫さんは激痛で顔をしかめながらそれでも腕に力を入れる。そのおかげでヒストリアは胸部から腕が抜けなくなった。

「お姉ちゃん、そのまま動きを止めてて」

よっちゃんが影縫さんの後ろから飛び出す。

「アンリミテッドルールブック・本気版」

よっちゃんの一撃で、ヒストリアの首が吹っ飛ぶ。見事に首がなくなった。そのまま影縫さんが、折れた腕でヒストリアの心臓を抉り取って、握り潰す。

首を失った身体が、バランスを失い崩れ落ちる。

「やったか!?」

影縫さんが呟いた。そしてあたしは、地面に倒れたまま、瞬きをした。瞬きをする前とした後で、目の前に広がる光景が変わっていた。

「え、嘘だろ?」

あたしは目を疑った。あたしが瞬きをしたその瞬間に、ヒストリアは全身が再生し、すでに攻撃に移っていた。影縫さんは腕が吹っ飛び、よっちゃんもまたアンリミテッドルールブックに使用した人差し指が千切られた。

追撃を受ける前に、ヒストリアに先制したのは意外にも月火ちゃんだった。

「!!」

月火ちゃんが出した包丁を爪で受けるヒストリア。その時、やはり次元が裂け、月火ちゃんの腕を切り裂いたが、瞬時に再生。そうだ。不死力なら最不死の怪異・阿良々木月火だって負けてないぜ。

「何だ・・・あなた・・・匂いが私に似てる・・・」

ヒストリアが口を開く。

「知らないもん!確かに私もあなたに何か近いものを感じるけど、知らないもん!あなたなんて知らないもん!」

泣きながら月火ちゃんが、そう言う。ヒストリアの動きが止まっている今がチャンスなのに、あたしはまだ動けないでいた。

あたしは強い。攻撃力に自信がある。もちろん防御力も。ただ再生力は並より少し上ってくらいだ。もちろんそれでも並の吸血鬼よりは高い再生力を持っているけど、月火ちゃんや忍ちゃん程じゃない。ヒストリアに切られた傷が思いの外深くて、身体が動かない。再生まで時間がかかる。くそ!早く治れ!あたしの身体!

しばらく膠着状態だった月火ちゃんとヒストリアだが、とうとうヒストリアが痺れを切らした。

「ちっ」

と舌打ちをして、もう片方の手で月火ちゃんを真っ二つにした。

「ぎゃっ!」

月火ちゃんの上半身と下半身が真っ二つになる。月火ちゃんに興味を失ったのか、そのままこちらに向かってくる。だが瞬時に下半身が再生した月火ちゃんが後ろからヒストリアの首に包丁を突き立てた。

「お兄ちゃん!今の内に火憐ちゃんを回復させて!」

「わ、分かった!」

すさまじいスピードバトルに着いていけず、棒立ちだった兄ちゃんがようやく言葉を発した。月火ちゃんの声を聞いて、兄ちゃんはすぐにあたしを抱きかかえて、

「火憐ちゃん、早く!僕の血を飲め!」

と言った。あたしは何も言わず、兄ちゃんの首元に噛みついた。あぁ、すっごいおいしい。最近、兄ちゃんの血を吸ってなかったから・・・。天にも昇る美味しさだった。当然ものすごいスピードで傷が再生する。

「よっし!!」

傷が再生し終わった時、ちょうどヒストリアが月火ちゃんを今度は縦に真っ二つにした瞬間だった。もちろん月火ちゃんはすぐに再生。そしてあたしが全快したのに気づいてすぐに後ろに引いた。

「うおおおおお!」

「!!」

あたしの拳がヒストリアの腹に直撃する。貫通はせず、吹っ飛んだ。

「がっ・・・!」

吹っ飛んだヒストリアをあたしはすぐ追いかける。話し合いの余地もあっただろう。臥煙さん、影縫さん、よっちゃん、月火ちゃんをこれだけ傷つけておいて何のお咎めなしってのは、ちょっと割に合わないぜ。

「おりゃ!」

吹っ飛ぶヒストリアより早く動き、背後を取り、もう一撃。そして吹っ飛ぶ前に上から一撃。地面に叩きつけた。

ぐちゃって音がして、血が散らかる。流れるというより「散らかる」方が適切な表現だ。

でも落ち着く暇はなかった。すぐに反撃が来た。鋭い爪をあたしに向けて。でもさすがはあたし。今回は対応して見せた。

「これでも現代怪異では最強で通ってるんだ!過去の最強に負けるかよ!」

倒れているヒストリアに対して、渾身のかかと落とし。当然、地面が割れる。あたしは一旦、距離を取る。やられた分はやり返した。こっからが話し合いだと判断したからだ。

しばらくすると、やはり瞬時に再生したヒストリアが割れた地面から這い上がってきた。

「話し合いをしようぜ!ヒストリア。」

「・・・」

「あたしは阿良々木火憐!あんたと同じ吸血鬼だ。」

名乗った途端、ヒストリアがまた血の涙を片目から流した。

「火憐・・・火憐・・・阿良々木?・・・火憐ちゃん・・・?」

何やらボソボソと呟いている。聞き取れなかったが、構わず言葉を続ける。

「あんたの目的は何だ?なんで人の命を奪う?」

「生憎、何も覚えていない。自分の名前くらいしか。町の人間を殺したのは、お腹が空いたからだ。」

「食事かよ・・・。何も全員じゃなくても良かったじゃねぇか」

「・・・そう・・だな。何で全員殺したんだろう?」

ヒストリアは何故か不思議そうな顔をして。サイコパスまっしぐらだな。

「全員殺す必要があった・・・?何の為に?」

自問自答を始めた。この時、あたしは気づいた。大事な人を生き返らせる為の儀式を。そうか、その為に人を殺さなきゃいけなかった。たくさんの命が必要だった。記憶はなくしても、身体が本能的にそれを分かっていたんだ。だから今、ヒストリアは自分の行動に疑問を感じてるんだ。

「あんたは大事な人を生き返らせる為に、かつてたくさんの命を奪ってたって聞いた。」

「・・・大事な人・・・?私の大事な人・・・」

怪訝な顔をする。記憶喪失だから仕方ないけど、何だかやるせない気持ちになった。大事な人は誰か?と問うてもすでに本人ですら分からない。あたしは絶望した。話し合いができない事に。もう戦うしかないという事に。

今の彼女は、もう理由じゃなく本能で命を奪ってる。それを止める術をあたしは戦い以外で知らない。

「悪いけど・・・本当に申し訳ないんだけど。退治させてもらうぜ。ヒストリア」

「・・・」

「あんたの気持ちは分からなくもねぇ。でもこれ以上罪のない命が消えるのは無視できねぇ!」

あたしは臨戦態勢を取る。とすさまじい気迫を放った瞬間、忍野さんがあたしの肩を叩いた。

 

016

 

「はっはー。二人とも元気だね。何か良い事でもあったのかい?」

「忍野さん・・・扇さん・・・」

忍野さんは扇さんを伴って、私たちの側まで近づいていた。

「ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレード。僕は忍野メメ。少し僕の話を聞いてもらえないかい?」

「・・・私の話もですよ。」

ヒストリアもまたあたしの気迫に触発されて、迎撃態勢を取っていたが、忍野さんの言葉を聞いて、それを解いた。話を聞く気のようだ。

「聞いてもらえるようで何よりです。では私から話しましょうか。ヒストリアさん。」

扇さんがこの期に及んで、変わらない笑みで話を始めた。

 

017

 

忍野の名を冠する二人が話し出した。ヒストリアも話を聞く気なのか、大人しくただ立っていた。

「さて、ヒストリア。・・・ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレードさん。あなたは記憶がないんでしたね。目覚める前の記憶が」

扇さんは淡々と言葉を紡ぎ出す。

「・・・」

「あなたの目的は誰かを甦らせる事だった。」

「その目的を叶えてあげられるかも知れない」

忍野さんが煙草をくわえながらそう言った。もちろん火は着けない。

「私の目的をあなた達が・・・?」

「そうです。もしかしたら、ですけどね。」

「だから思い出して欲しいんだ。君が誰を甦らせたかったのか・・・」

忍野さんが言う。

「思い出したいけれど、思い出せない。だから困っているんだ」

不機嫌な表情でヒストリアはそう返す。すると扇さんがニヤっと笑って手をヒストリアに伸ばした。

「私と手を握ってもらえませんか?私、触れている人の眠っている記憶を探る能力があるんですよ。」

え!そんな能力あったのか?扇さんすげぇ!

「・・・」

ヒストリアは少し考え、何も言わず扇さんの手を取った。すると扇さんは彼女の手をしっかり握り締めた。そして次の瞬間、忍野さんがただ一言、ボソッと呟いた。

「すまないね、こんなやり方で・・・」

と。そしてこう続ける。

「扇ちゃん、君は僕の姪っ子じゃない。君なんて僕は知らないよ」

と。その瞬間、扇さんとヒストリアの真上に黒い物体が出現した。

「!?」

そう。忍野さんは、扇さんの認識を変えた。扇さんは実在する条件を満たせなくなった。つまり「くらやみ」の登場である。

くらやみ・・・あたしはまだ見た事がなかったけど、なるほど。これが。理の側の存在。攻略不可の摂理。存在条件を満たせない怪異を、その周囲ごと巻き込んで吸い込んで消滅させるモノ。

くらやみを認識した時点であたしは気づく。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ!忍野さん!このままじゃ扇さんが!」

だが忍野さんは火の着いていない煙草を吸いながら、落ち着いた感じで

「大丈夫。信じて」

とあたしに向けて言った。その言葉を聞くと同時くらいに扇さんが、思いっきりヒストリアをくらやみに向けて放り投げた。

「なっ・・・!?」

ヒストリアの足がくらやみに吸い込まれる。そのままどんどん吸い込まれる。

「何だ!?これは・・・」

ヒストリアが必死でもがく。しかし彼女の身体は吸い込まれるばかりだった。対する扇さんもヒストリアと手を繋いだ状態なので、ヒストリアに引っ張られる形で吸い込まれようとしている。

「扇さん!」

あたしは扇さんを助けようと走り出す。すると扇さんは自分の長い袖をどうやってか刃物に変えて、そのまま自身の腕を切断した。そして、扇さんは腕から血をドクドクと流しながら、ヒストリアの方を見て、

「すみません。騙してしまいました。記憶を探る能力なんて不肖、私は持ち合わせてなどいませんよ」

と言った。ヒストリアは扇さんをすさまじい程の眼光で睨み付けたが、ついにはくらやみに吸い込まれてしまった。そしてヒストリアが吸い込まれたと同時に忍野さんが、

「おっと、間違っていた。扇ちゃん、やっぱり君は僕の姪っ子だった。はっはー。悪かったね。忘れていたよ」

とへらへらと笑いながらそう言った。するとくらやみは一瞬で消える。再び忍野扇が存在条件を満たしたんだ。

何て退治の方法だ。実力で無理なら理で・・・。

「貝木くんのアイディアさ。」

後ろから貝木が歩いてくる。

「上手くいったようだな。ああ言った化物には理だ。くらやみもこうやって使えばある程度はコントロールできる。もちろん俺はやりたくないがな。」

「はっはー。さすが貝木くん。くらやみすらも騙してみせるとは。」

と貝木の肩に腕を乗せる。

「ふん。金さえもらえればそんな心のない礼はいらん。もちろん心ある礼もいらんがな。それよりその鬱陶しい腕をどけろ」

あたしはそんな二人のおっさんの会話を聞きながら、扇さんの方に向かう。

「大丈夫か?扇さん」

「腕が死ぬ程痛いけど・・・大丈夫だよ。止血くらいできるさ。時間をかければまた生えてくるしね」

そう言うと扇さんは、もう片方の腕で、切れた腕を触ると、血が一瞬で止まった。扇さんも扇さんでれっきとした怪異なんだ。

「ふむ、さすが泥舟だ。面白いアイディアだね。」

臥煙さんがやってくる。臥煙さんもかなりの傷を負っていた。臥煙さんの向こうの方では、スーサイドマスターが地面に倒れたまま傷を癒し、兄ちゃんと月火ちゃんもまた座り込んで、休んでいた。ちなみに兄ちゃんはあたしが多めに血を吸ったからそれによる疲労だ。

影縫さんも千切れた腕の患部を抑えながら座っていた。よっちゃんは本当に人形のように座って、体力を回復していた。忍ちゃんも足の再生はすでに済んでいて、休んでいる状態だった。

「リスクもあった。下手をすればくらやみに俺たちも飲み込まれてしまうからな。まぁそういう意味では忍野、お前に任せて良かったよ」

貝木がタメ息をつきながら忍野さんを労う。

「まぁ最大の功労者は扇ちゃんさ。」

忍野さんも笑いながら、そう返した。

「とりあえず帰ろう。くらやみが出た後は、何かと危険が増えや・・・」

 

018

 

臥煙さんが言いかけた瞬間。ピキっ・・・と次元が裂けた。そして

「うぎゃ!」

と扇さんの悲鳴が聞こえた。気づけば扇さんの腕が吹っ飛んでいた。しかも肩からまるごと。扇さんからすさまじい量の血が噴き出る。

「!?」

全員がその裂けた場所を見る。裂けた次元から腕が出てきた。もちろんこの手をあたしは知っていた。

「う、嘘だろ・・・?」

兄ちゃんが呟く。

「おいおい・・・」

忍野さんが煙草をとうとう捨てる。

「あ?・・・」

貝木さんが言葉に詰まる。

「なんやねん・・・」

影縫さんが茫然とツッコむ。

「嘘じゃろ・・・?」

忍ちゃんは開いた口が塞がらない。

「・・・」

よっちゃんは黙ったまま震えていた。

「はは・・・惚れちまうぜ。ヒストリア。」

スーサイドマスターがそう呟く。

「いやいやいやいやいや・・・そんな事って・・・」

扇さんが茫然とする。すさまじい汗だ。そして何より意外だったのが臥煙さんだ。

「理だぞ・・・そんな事あって良いはずがない。怪異としてそれだけはあってはならない・・・」

とこちらもすごい汗をかきながら、そして震えながらそう言った。次元は更に裂け、ついには彼女が姿を現した。

「それは・・・怪異ではない。もう神次元の領域だ・・・お前は何だ・・・何者だ!ヒストリア!」

臥煙さんが叫んだ。ここまで平常心を失っている臥煙さんを見たのは初めてだ。

そう。くらやみとは、摂理であり理。世界そのものと言っても良い。決して覆せないものだ。地球が丸いように、空が青いように、宇宙には空気がないように、自然の摂理だ。決して変えられない現実だ。くらやみに吸い込まれたら最後。存在すら消えてしまうのが摂理。ルール。

ヒストリアは・・・ヒストリア・ムーンバレッド・ハートアンダーブレードはそれを崩した。

「退却だ・・・私たちでは勝てない」

臥煙さんがそう言う。ヒストリアは次元の歪みから降りて、地面に足をつけた。

「はっ・・・はは、はははは、ははははは。あはははははははははは!!!!!」

甲高い笑い声が響いた。ヒストリアが笑っていた。その声は大気を揺らした。そして笑い終えた彼女は、

「逃がす訳ないじゃない。みんな、死んじゃえ」

とすさまじい程の無邪気な笑みで言い放った。そして次の瞬間、彼女は攻撃に移った。あたしは咄嗟に動いた。臨戦態勢も臨戦態勢。自分の中で最強の力でヒストリアに対峙した。そして何とかヒストリアの動きを止める。

「みんな、逃げろ・・・!」

倒れた扇さんが力を振り絞り咄嗟に腕を大きく動かした。すると真っ暗なゲートみたいな闇ができる。

「阿良々木城に繋がっています!みなさん、こっちへ!」

それに反応して、臥煙さんが

「逃げるぞ!みんなゲートに!」

と叫ぶ。ちょうど傷が再生し、動けるようになったスーサイドマスターが臥煙さんと兄ちゃんを抱えてゲートに飛び込んだ。次によっちゃんが影縫さんを抱えて飛び込む。次に月火ちゃんと忍ちゃんが飛び込む。そして次に貝木がゲートに入ろうとする。

「火憐ちゃん、火憐ちゃんも飛び込むんだ。私は最後じゃないとゲートが閉じてしまう」

今にも気を失いそうにフラフラな扇さんが言う。術者である扇さんは最後じゃないとダメなのか。

「うぉぉぉぉ!!!」

あたしは気合いを入れた。それにより隙ができたヒストリアの顔面を思いっきり殴った。

「ぐっ・・・」

ヒストリアが吹っ飛ぶ。その瞬間、あたしはゲートに走る。そしてゲートの手前まで来た瞬間、後ろからヒストリアがそれこそすさまじいスピードで飛んできた。

「なっ・・・!?あたしの攻撃くらってんのに、態勢立て直すのどれだけ早いんだよ!?」

そして次の瞬間、ヒストリアの爪が何かに刺さった。あたしではない。おそらくゲートの術者である扇さんだ。あたしは扇さんの方を見る。扇さんは肩からすさまじい血を垂れ流していたけど、それ以外には新しい傷はなかった。あたしは安心する。でもじゃあヒストリアの爪は何を刺したんだ?答えは、

「・・・!!!おじさん・・・・!!!」

「忍野!!お前!何してる!」

扇さんと貝木の張り裂けそうな声があたしの耳を劈いた。

「!?」

そうヒストリアの爪は、腕は、忍野さんの胸を貫通していた。

「ぐはっ・・・」

忍野さんは血を吐く。そして、それでも笑いながら

「どうしたんだい、何か良い事でもあったのかい?」

とそう言った。

「いやぁぁぁぁ!!おじさん!ダメですよ!!」

扇さんが涙を流していた。号泣。こんな扇さんをあたしは見た事がない。

「忍野!お前は馬鹿か・・・!ふざけるな!」

貝木がすごい汗で、叫んでいた。こんな貝木をあたしは見た事がない。・・・今日は・・・見た事ないづくしだ。どうすれば良いか分からないごちゃ混ぜになった感情にあたしが浸っていた瞬間、すぐその後に、

「私は怪異です。死んでも、死にません・・・!あなたは・・・人間でしょう!!?」

扇さんが叫ぶ。それに対して、忍野さんは、笑って、

「いやぁ・・・そうだとしても。大事な・・・姪っ子ちゃんが傷・・・つくのは見たくないものだ・・よ?おじさんとしてはね。」

と。苦しそうにそう言った。そして・・・。

「あ・・・」

あたしがぽつりと呟いた。よく分からない感情だった。次の瞬間、ヒストリアがもう片方の腕で、忍野さんの首をはねた。

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「忍野ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

扇さんの悲鳴だった。そして貝木の怒号だった。

何だ、これ?忍野さんは死んだのか・・・。何だこれ・・・あたしの中の何かが切れた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

あたしは思いっきりヒストリアを殴った。間髪入れず渾身の蹴り。ヒストリアの腕が吹っ飛び、首がねじ曲がる。しかしすぐ再生し、態勢を立て直す。あたしも応戦しようとした瞬間、間抜けにもあたしは足を滑らせる。

「!?」

扇さんの血だった。噴き出る扇さんの血が溜まって、水たまりのようになって、あたしはそれに足を滑らせた。

しかし向かってくるヒストリアの攻撃は何とか受け切る。そのままヒストリアと重なって、後ろに倒れ、吸い込まれるようにゲートに入って行った。貝木もあたしに押し倒される形でゲートに入る。ゲートに入る瞬間、扇さんの服を握って、扇さんも無理やり引きずり込んだ。ゲートの外には、首のない忍野さんの身体がゆっくりと倒れていくのだけが見えた。風になびくアロハシャツがやけに格好良く見えた。

 

後編ハコチラ